教員と研究テーマ
げっ歯動物(ネズミ)を用いた時間生物学および睡眠科学研究
体内時計や睡眠発現にかかわる神経機構について研究しています。
これまでに池田研究室では,実験用マウスやラットを用いて,体内時計中枢(視床下部視交叉上核:SCN)ニューロンの分子神経機構について,特に細胞内カルシウム挙動に着目して研究を行ってきました.一方で近年,動物の昼行性・夜行性を問わず, SCNニューロンの活動リズムや,時計遺伝子の転写リズムは,ほぼ一定であることが明らかとなってきました.では,動物種に依存しない中枢時計のリズム出力から,どのように昼行性・夜行性というダイナミックな行動の時間選択の相違が生まれるのでしょうか?
この問題にアプローチするために,池田研究室では,アフリカ原産の昼行性げっ歯類である「ナイルグラスラット(Arvicanthis niloticus)」の飼育・繁殖をスタートさせ,昼行性と夜行性を決定する脳の仕組みについての研究を新たに展開しています.
新しい実験スタンダードとなる昼行性げっ歯類の創出を目指して
飼育・繁殖が容易で,遺伝的な性質が均一化されたラットやマウスは,実験モデル動物として,病態の解明や毒性試験,あるいは新薬開発研究などのために,世界中で広く用いられてきました.一方で,これまで一般的に用いられてきた実験用げっ歯動物は夜行性であり,どのような場合においても,昼行性のヒトのモデルとなり得るのかについては議論の余地があります.
例えば,薬の効き方一つをとっても,投与の時間は効き目にとって大きな問題ですが,薬の開発は,まずラットやマウスを用いて研究され,開発の最終段階においてヒトに近い大型哺乳動物での確認がなされます.よって,昼行性の実験用げっ歯動物の系統が確立されれば,これまで見落としていた薬効をより効率的に明らかにすることができるでしょう.こうしたことから,昼行性の実験用げっ歯動物の確立は,医学・薬学研究の根幹に関わる問題ですが,スタンダードとなる昼行性げっ歯類モデルは未だ確立されていません.
そこで,池田研究室では,ミシガン州立大学を中心に1994年ころから米国で系統維持がはじまったアフリカ原産の昼行性げっ歯動物であるナイルグラスラット(Arvicanthis niloticus)を日本に初めて導入し,ゲノム解読,脳組織の解剖組織学的解析,行動リズム解析,脳波解析,SCNニューロンの電気生理学的解析,カルシウムイメージング実験など多彩な研究手法を通じて研究に取り組んでいます.新しい実験スタンダードとなる昼行性げっ歯動物の創出は,医学薬学研究の未来に変革をもたらすものと信じて,基礎研究の立場からコツコツと研究に取り組んでいます.
昼/夜行性といった動物行動時間の多様性はどのように生まれるのか?
哺乳動物では,SCNが,体内時計システムの中枢として機能していることが知られています.昼/夜行性を問わず,SCNの集合電位は,昼に高く,夜に低い概日リズムを示すことが知られており,これは光情報を興奮性神経入力として受けとる神経核の活動としては,きわめて自然な振る舞いといえるでしょう.しかし,動物種に依存しないSCNのリズム出力から,どのように動物行動時間の多様性が生まれるのかについては,まだよく分かっていません.
昼行性・夜行性というダイナミックな行動の時間選択の相違は,SCNニューロンの投射先におけるシグナル伝達の問題であると考えられますが,その実態についてはほとんど解析が進んでいません.なお,原始の哺乳動物は夜行性であったと考えられていることから,昼行性の仕組みは進化の過程で獲得したと考えられます.よって,どのようにシグナル伝達を変化させ昼行性を獲得したのかを解明することは,進化学的にも大きな意味を持っています.池田研究室では,SCNの主要な神経伝達物質であるガンマアミノ酪酸(GABA)の作用に着目し,昼/夜行性を決定すると推定される脳部位の機能解析を進めています.