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マインツ大学(ドイツ) 研究滞在記
【物理学プログラム】藤原 素子
1. マインツ大学への滞在
2025年5月4~16日、理論物理学研究室 博士後期過程3年生の大澤周平さんとマインツ大学に研究滞在してきました。大澤さんは富山大学のSPRING事業に採択されており、海外留学のための助成を受けています。私は、留学中に共同研究を立ち上げるサポート役として、ともにドイツに渡りました。
マインツは人口22万人程度と、富山市の半分くらいの規模の街です。しかし、Johannes Gutenberg による活版印刷の発明や・BioNTech による新型コロナウィルスのワクチン開発など、革新的な技術がこの街から生み出されてきました。そんな町の中心的存在と言えるのが大学で、その名もJohannes Gutenberg Universität Mainz: 通称 マインツ大学です(ドイツの歴史ある大学では、よく人の名前が大学の名前に使われます)。ドイツのトップ大学の一つであり、ドイツの各地域をはじめ、世界中から専門的な知識を学びに学生がこの街にやってきます。
私がミュンヘン工科大学で研究員をしていた時、マインツ大学で開催された国際ワークショップに参加したことがあります。グループの垣根を超えて議論や交流が活発に行われる学術的な雰囲気がとても印象的で、機会があればまた研究滞在したいと思っていました。富山大学に着任してすぐ、大澤さんが留学先を探していると相談を受け、真っ先にマインツ大学が候補に上がりました。以前共同研究をした現地の研究員に連絡をとり、約二週間の研究滞在ができることになりました。

2. 滞在目的: 計算技術の習得
今回の滞在の目的は、「スカラー場の相転移に付随した重力波生成の計算技術の習得」でした。相転移現象とは、物質の性質が定性的に異なる状態に変化することを指します。例としては、水の相転移現象が挙げられます。氷点下以下では水は氷(固相)の姿をする一方、温度を上げていくと液体(液相)となり、100度以上では水蒸気(気相)へと姿を変えます。私たちはこの現象を利用して、蒸気機関を開発し動力源とするなど、さまざまな場面で活用しています。相転移現象は、とても身近な現象なのです。
水の相転移は分子の相転移現象の例ですが、同様に究極的にミクロな物質の姿である素粒子にも相転移現象が起こります。2012年にLarge Hadron Collider で生成され観測されたヒッグス粒子も、相転移を起こします。ヒッグス粒子は、スピン0を持つスカラー粒子であり、その状態はスカラーポテンシャルによって記述されます。この様子は、坂を転がるボールに似ています。坂の途中にボールを置くと、より低い位置に向かってボールが転がっていき、最終的には安定する点で止まります。同様に、スカラー粒子の状態はポテンシャルを最小化するような安定な状態(真空)を好みます。安定な状態は、水の固相・液相・気相のように相として区別され、それぞれ特徴的な状態を示します。つまり、「ポテンシャルがどんな真空構造を持つか」が、相転移現象を理解する鍵を握ります。
さらに、ポテンシャルの真空構造は、温度によって徐々にその構造を変えていきます。よって、温度変化するにつれて、今までは安定だった状態も不安定化し、異なる相へと移り変わっていきます。なぜこの温度依存性が重要なのでしょうか。それは、宇宙の時間発展が温度の発展と結びついているからです。宇宙は生まれたての瞬間に最も温度が高く、時間が経つにつれて断熱膨張して温度が低下していったと考えられています。宇宙を満たすヒッグス粒子もこの温度変化を感じ、宇宙が生まれて約10のマイナス12乗秒後、相転移を起こしたと考えられています。つまり、その瞬間宇宙の定性的な性質が変化し、物質が質量を獲得するようになったのです。こうしたスカラー粒子の相転移の様相を知ることは、宇宙の進化過程の解明に直接的に繋がるため、重要な研究対象となります。
それでは、スカラー場が相転移を起こしたかどうかは、どのように検証することができるのでしょうか。一つの方法が、相転移に付随した重力波の検出です。真空構造が変更し、ある相から別の相へ「一気に」転移が起こる(専門用語では一次相転移と言います)と、解放されたエネルギーが重力波へと転換されます。その信号を重力波干渉計などで検出することで、その起源である相転移現象にアクセスできます。このためには、スカラー場のポテンシャル構造から、どんな宇宙の相転移現象が予言されるか明らかにし、重力波の検出可能性を理論的に予言する計算手法が必要不可欠です。私たちは、この手法を専門家から直接学ぶため、マインツ大学に約二週間滞在しました。
滞在を受け入れてくれたのは、Schwaller 教授のグループです。滞在二日目、教授とRamirez-Quezada研究員と共に共同研究の議論を行いました。計算コードの開発について教えてもらい、具体的なスカラー粒子の理論模型について相転移の起こる理論パラメータを特定することを目標に研究を開始することになりました。滞在中は、ホストと今できることに集中し、確認すべきこと・現場の計算コードから改変すべきことなどを一緒にリストアップしていきました。新しい場所に滞在するときは、いつも「研究のアイディアが具体形になるだろうか」とドキドキしますが、今回はホストとすでに面識があり、事前に打ち合わせも重ねていたため、スムーズに共同研究の具体的な議論へと移行することができました。滞在中、共同研究の可能性を広げるため、私自身もセミナー形式で研究発表させてもらいました。セミナーでは、他のグループメンバーとも交流でき、大変有意義な議論をすることができました。

3. 研究のあとのお楽しみ
研究滞在中、毎回楽しみにしていることがあります。大学での議論が終わった後、街に繰り出し、滞在先の文化や美味しい食事を楽しむことです。私たちが今回出張したのは、5月初旬。ドイツの名物、白アスパラガス(Spargel)が旬の時期で、街に計り売りをする屋台がたくさん出没していました。また、マインツはライン川沿いの土地を生かした白ワインの生産が有名です。現地の友達からは「ドイツといえばビールのイメージが強いかもしれないけど、マインツでは白ワイン一択だよ!」と教わりました。写真は、ホストと共に楽しんだ会食の様子です。マインツの象徴である大聖堂(Dom)の目の前のレストランで、ゆっくり傾く夕日に照らされながら、会話に花を咲かせた時間はこの滞在のハイライトとも言えます。

4. 最後に(大澤さんから一言)
上述のように、大変充実したマインツ大学研究滞在を行うことができましたが、決して私一人では実現できませんでした。今回海外派遣してくれた富山大学、研究滞在をホストしてくれたマインツ大学の関係者の方々には、改めて感謝申し上げます。今後は、今回立ち上げた共同研究の完成を目指すと共に、自分でも研究費を獲得し、富山大学の学生さんと再び海外研究機関に滞在しにいきたいです。最後に、一緒に研究滞在した大澤さんの感想を紹介します。
マインツ大学では、宇宙誕生初期に起きた「相転移」と呼ばれる現象に関する理論研究に取り組みました。特に、その際に発生する重力波の性質を予測するための数値計算手法を集中的に学びました。滞在中は現地の研究者の方々と議論し、昼食や夕食をご一緒する機会もあり、研究だけでなく人とのつながりの大切さも実感しました。英語で自分の考えを伝える機会にも恵まれ、語学力と自信の向上にもつながりました。新しい挑戦を後押ししてくれる2研の環境が、このような貴重な経験につながったと感じています。 (理論物理学研究室 博士3年 大澤周平)