物理学科の学生実験の更新について

【物理学科】松本 裕司

物理学科の学生は、2年後期に物理学実験A、3年に物理学実験BとCの計3つの実習を行っている。これらの実習を通して学生たちは物理学への理解を深めている。物理学実験Bでは、物性実験の基本となる結晶を育成、分析し、低温物性測定を行っている。2020年度に学生実験の大幅な更新を行った。6種類のテーマからなるがそのうちの2テーマ(X線回折、銅酸化物超伝導体の抵抗測定の装置)は装置の更新を行い、1テーマは新テーマ(低温磁化測定)に差し替えた。本稿では低温磁化測定について紹介する(図1)。

図1 低温磁化測定の授業実施風景

磁化について

 磁石にクリップなどを近づけるとクリップが磁石にくっつく。このように物質が磁石にくっつきやすい性質を磁化という。この磁化の性質は、電気の流れやすさ、熱の伝わりやすさ、曲がりやすさ、などと並んで、物質の基本的な物理量でありこの性質を知ることは重要である。例えば、磁石は、自動車のモーター、発電機、スピーカー、携帯電話の振動装置、リニアモーターカーの磁気浮上などに使われていて、磁化の性質を利用してコンピュータで使われているハードディスク、磁気カード、など我々の身近なところに用いられている。このため、強い磁石を発見し磁化の性質を理解することは、我々の生活を豊かにすることにつながる[1]。

冷やすことの意義

 磁石を熱すると磁石の性質は失われくっつかなくなる。身近で使われているネオジム磁石は約580 K (約310℃)以上で磁石の性質を失う[2]。これは磁石の性質を持つ強磁性状態から、磁石の性質を失った非磁性状態に相転移するためである。例えば、水は温度を変えると固体、液体、気体と変化する。このように物質は温度を変化させると様々な状態に変化する。温度を変えることで、電気が流れる金属状態から流れなくなる絶縁体に、有限の抵抗を持つ状態から抵抗が消失する超伝導状態など様々な変化を起こす。物性物理学において様々なものを冷やす理由の1つに、冷やすことによりいままで知られていなかった状態を発見することにある。

磁化の測定方法

 磁化測定の方法には、引き抜き法、ファラデー法、トルク法、今回用いたホール素子を用いた方法などがある。今回は、東北大学の木村憲彰先生の解説記事を参考にして、ホール素子を用いた方法で低温磁化測定装置を作成した[3]。

 ホール素子に電流を流した状態で、素子が磁場を感じるとホール効果によりホール電圧が生じる。図2に、ホール効果の概念図を示す。ホール電圧は磁場に比例するため、ホール電圧を測定することにより物質の磁化を測定することが可能になる。ホール素子は、ガウスメータや回転、位置、開閉の検出装置など様々なところで応用されている。物理学実験Bでは低温物性測定用のLake Shore社の HGCT-3020を用いている。測定試料には、室温から液体窒素温度までの範囲で磁化の変化が大きな相転移を起こす、強磁性体CuNi合金と、超伝導体YBa2Cu3O7-δ(δは酸素濃度の欠損を示している)を選んだ。CuNiにおいては、強磁性体転移温度より高い温度では磁化が小さく、強磁性秩序した転移以下では磁化が大きく上昇する。一方、YBa2Cu3O7-δにおいては、超伝導転移温度以上では磁化が小さく、超伝導転移により反磁性となるため超伝導転移温度以下では磁化が負の値をもつ。

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図2 ホール効果の概念図

今回改良した低温磁化測定について

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図3 低温磁化測定用装置一式

(a)抵抗温度計の抵抗を測定するためのデジタルマルチメータ(Keithley 2110)
(b)ホール素子のHall電圧を測定するためのデジタルマルチメータ(Texio DL-1060)
(c)ホール素子に定電流を流すための定電流電源(ADC 6146)
(d) Pythonを用いて測定機器を制御するためのPC
(e)液体窒素が入ったステンレスデュワーとジャッキ
(f)測定プローブ

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図4
(a)磁化測定をするためにホール素子(Lake Shore HGCT-3020)にCuNi合金をグリースで
接着した様子。
(b)裏面に抵抗温度計(Lake Shore CX-1050-SD)とフェライト磁石がくっついている。

 低温磁化測定のために構築した測定環境を図3に示す。まず、磁化測定を行うために、図4のようにホール素子の上に試料をグリースで固定する。ホール素子と試料のちょうど裏側に試料を磁化させるためのフェライト永久磁石がついている。この状態で測定を行う。実験では、抵抗温度計の抵抗を測定しそこから温度を求め、定電流電源を用いてホール素子に電流を流して、そのときのホール電圧を測定することで磁化を見積もる。試料の冷却のためには、ステンレスデュワーに液体窒素を入れて置き、ジャッキを用いて液体窒素に試料を近づける。試料を外した状態で同じ測定を行い、試料がついた状態と外れた状態のホール電圧を差し引くことでフェライト磁石による磁場の影響を差し引くことができ実際の磁化を求めることができるようになっている。時間とともに温度が変化するので、温度とホール電圧を各時間ごとに測定し、横軸を温度、縦軸をホール電圧として測定結果をまとめる。図5に、強磁性体である、CuNiについて測定した結果を示す。青線のBack Groundとあるのが試料をのせていない状態での測定で、低温に向かってホール電圧はわずかに上昇する。緑線の測定値は試料をのせた状態での測定で、強磁性転移温度TCurie ~ 150K以下でホール電圧が上昇する。これは強磁性転移に伴って転移温度以下で自発磁化が発生し磁化が増大するためである。赤線のCuNiは見やすいように、測定値からBack Groundを差し引いたものである。

図5
図5  CuNi合金のホール電圧VHの温度依存性。緑線の測定値は試料を付けた状態で測定したホール電圧、青線は試料を付けずに測定したホール電圧である。赤線が、緑線から青線を差し引いて求めたCuNi合金のホール電圧となる。強磁性転移温度TCurie 以下でホール電圧が上昇つまり磁化が上昇している。

超伝導体YBa2Cu3O7-δにおいても同様の測定を行っている。超伝導転移を起こすと超伝導転移に伴う反磁性を示す。この反磁性の効果を利用してリニアモーターカーで使用している磁気浮上を行っている。赤色の線を見ると超伝導転移温度TSC ~ 90 K以下でわずかにホール電圧が超伝導転移に伴って減少していることが分かる。この実験テーマでは、2022年度からプログラミング言語Pythonによる装置の制御を導入し自動測定により測定を行っている。

図6
図6  超伝導体YBa2Cu3O7-δのホール電圧VHの温度依存性。緑線の測定値は試料を付けた状態で測定したホール電圧、青線は試料を付けずに測定したホール電圧である。超伝導転移温度TSC以下でホール電圧が減少つまり磁化が減少している。
謝辞

今回の更新は、物性物理学第一講座の小柳大士君、杉本成駿君、小島隆志君、蟹雄介君、金子遼真君、太田玖吾君、加藤大輝君、清水優君、田山孝准教授とともに行った。富山大学の令和2年度学長裁量経費(教育研究活性化経費)「理学部物理学科学生実験の教育環境整備」、令和2年度目的積立金「学生実験装置(物理学科)」、さらに理学部後援会事業費で整備した。

参考文献
  1. 科学技術週間”磁場と超伝導”(https://www.mext.go.jp/stw/series.html)
  2. M. Sagawa, S. Fujimura, N. Togawa, H. Yamamoto, Y. Matsuura, J. Appl. Phys. 55, 2083 (1984).
  3. 木村憲彰 “理学部物理学科学生実験の開発” 東北大学極低温科学センター センターだよりNo.11
    (https://www.clts.tohoku.ac.jp/files/10_p11.pdf)
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