暗黒物質の調べ方

【物理学科】廣島 渚

 宇宙には様々なものがあります。月、星、銀河などは簡単にイメージができるかと思います。観測の進展によりこれらが宇宙全体のほんのわずかの割合しか占めていないことが明らかになりました。具体的にエネルギー密度という量で測ってみると、おおよその分配は上述のような既知のもの(バリオン)が5%, 暗黒物質が25%, 暗黒エネルギーが70%となっています。バリオンは素粒子標準理論の枠組みで記述可能な物質(密度と体積が反比例、すなわち宇宙が膨張するにつれて密度は下がっていく)、暗黒物質は密度と体積が反比例するが素粒子標準理論では説明できない物質、暗黒エネルギーは体積によらず、つまり膨張する宇宙の中でも密度が一定という摩訶不思議なエネルギー成分です。ここでは暗黒物質に焦点をあてた富山大理学部理論物理学研究室での研究を紹介します。

 暗黒物質について、密度と体積の関係からまず考えられるのは新粒子である可能性です。素粒子標準理論では相互作用により粒子が特徴付けられます。自然界には4つの相互作用:電磁気力、弱い相互作用、強い相互作用、そして重力があり、暗黒物質が重力を感じるという証拠が既に得られています。他の相互作用をしている兆候は今の所見られません。もし暗黒物質が新粒子であれば、新しいタイプの相互作用がありその作用を通じて素粒子標準理論の世界とつながっていることも考えられます。宇宙には暗黒物質が沢山ありますので、それらが反応して生成する標準理論粒子を観測することで暗黒物質について調べることができます。具体的には光子、ニュートリノ、電子など様々な粒子の観測が日々行われています(図1)。


図1

 ここでは2つの暗黒物質粒子の衝突反応に起因した光子を探す例に話を限りましょう。この過程で生成する光の量(フラックス)は (フラックス)(反応率)×(暗黒物質密度)2(*) と表せます。すなわち、暗黒物質密度の高いところほどフラックスは高くシグナルが見つけやすいということです。暗黒物質密度がわかっていれば、フラックスを測ることで対応する反応率(相互作用の強さに相当します)を求めることができるという仕組みです。


 宇宙の中で光を使った暗黒物質の探査に適した場所の条件は2つです:
(1) 暗黒物質が沢山あること
(2) (暗黒物質のつくる光と識別すべき)天体のつくる光が十分少ないこと
この条件を満たす有力な観測対象として矮小楕円銀河と呼ばれる系が注目を集めています。矮小楕円銀河は天の川銀河の衛星銀河(地球と月の関係をイメージしてください)で、これまでに40個ほどが見つかっています。

 この系が条件(2)を満たすことは光の観測からわかります。一方、条件(1)について、なぜ矮小楕円銀河に暗黒物質が沢山あるとわかるのでしょうか?


 星の運動を支配するのは銀河中の物質のつくる重力場です。星は光りますので、その動きを測定することができ対応する重力場がわかります。実際、矮小楕円銀河の場合には光っている物質の100-1000倍程度の質量に相当する重力場が必要であることが知られています。

 具体的に暗黒物質に起因した光を探す段階では暗黒物質が矮小楕円銀河内でどのように分布しているかという情報が必要です。ですが、条件(2)を満たすことからも分かるように、この銀河は非常に暗く暗黒物質の空間分布について示唆を与えてくれるような星の数も限られています。これは式(*)を使い暗黒物質の相互作用を求める、すなわち暗黒物質を特徴付ける上で克服すべき課題となります。例えば、もっともよく調べられている矮小楕円銀河で暗黒物質が対消滅して作るフラックスを次世代の機器で測定する場合、現在の密度分布の知識だと反応率の決定制度は1桁くらいになると見積もられます[1]。反応率を正確に求めるためには密度分布の決定精度を向上する必要があります。

  

 暗黒物質の正体を解明するには多方面から研究を進めていく必要があります。上で示したように、観測対象となる系の暗黒物質分布の理解を進めていくのも一例です。あるいは相互作用に着目して、どんな相互作用が考えられるか、想定した相互作用で期待される観測的特徴は何かなどを考察することもできます。全く別の候補を考え出しても良いのかもしれません。暗黒物質の正体解明に向けて、様々な手法を駆使した物理学者の挑戦は続きます。

  • [1] N. Hiroshima, M. Hayashida, and K. Kohri, 2019, Phys. Rev. D 99, 123017
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