とても軽い素粒子ニュートリノのわりと気軽なお話

【物理学科】杉山 弘晃

2015年のニュートリノ

「ニュートリノに質量があることを示すニュートリノ振動の発見」という業績で、梶田さんとMcDonaldさんがノーベル物理学賞を受賞してから1年あまりが経ちました。もうあまり覚えていない方も多いと思うので、軽く思い出してみましょうか。あまり難しいことは書かないつもりなので安心してください。

ニュートリノは電子の兄弟のような素粒子で、電子との大きな違いは電気を帯びていないことです。ニュートリノ振動といっても、野球のナックルボールのように揺れながらニュートリノが飛んでいるわけではありません。実はニュートリノには種類があって、飛んでいる間に種類が周期的に変わることを『振動』と呼んでいます。梶田さん達はそのような変化を実験で発見しました。このニュートリノ振動はニュートリノに質量があるときにだけ起こることが理論的にわかっていたので、ニュートリノ振動の発見はニュートリノ質量の発見と言えるわけです。それまではニュートリノの質量はゼロとしても問題なかったのですが、この発見によってニュートリノ質量と真剣に向き合うことが避けられなくなりました。もちろんニュートリノに質量があると「仮定」した研究は昔からありましたが、それが仮定ではなくなったのです。

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出展:http://higgstan.com/

小さな値の不思議

ニュートリノの質量はゼロではないですが、他の素粒子の質量に比べて極端に小さな値です。なじみのある素粒子の電子と比べると、ニュートリノは100万分の1以下の質量しかありません。ところでゼロというのはかなり特別な値なので、それに理由をつけるのは比較的簡単です。例えば赤い花しか咲かずに白い花がゼロな植物があったとしても、まぁそういう種類や遺伝子なのだろうと思うだけでしょう。または、赤い花と白い花がだいたい同じくらいの割合だったとしてもそれほど不思議な気はしなそうです。でもごくたまにだけ白い花を咲かせるとしたら、「なんでだろう?何か理由があるのかな?」という疑問がわきませんか?ニュートリノの質量もゼロならば簡単だったのですが、ゼロではない小さな質量というのは結構不思議なのです。私たちの理論物理学研究室でも、「ニュートリノの質量はどのように生成されているのか?」や「なぜこれほど軽いのか?」という謎の解明に向けた研究を精力的に行なっています。計算等は専門的ですが、発端となるのはこのようにすごく素朴な疑問だったりします。

2016年のニュートリノ

さて、2016年8月にニュートリノに関するニュースが話題になったことがありました。ニュートリノの「CP対称性の破れ」を示すかもしれない実験結果が得られたというニュースです。「CP対称性の破れ」というのは、粒子での実験結果と反粒子での実験結果に違いが現れることです。つまり、ニュートリノを使ったときの『振動』と反ニュートリノを使ったときの『振動』に違いがあるかもしれないという実験結果でした。小林さんと益川さんが2008年のノーベル物理学賞を受賞した理由も「CP対称性の破れ」に関するものだったことを覚えている人もいるかもしれませんね。「CP対称性の破れ」の重要性は、CP対称性が破れていない状況を考えるとわかります。これは粒子と反粒子の性質に違いがないという状況なので、宇宙には粒子と反粒子(物質と反物質)が同じだけ存在することになります。そんな風になっていないことは通常の感覚でもわかりますし、宇宙の観測からもわかっています。CP対称性が破れていることが必要なのです。そのような「必要条件」はわかっているのですが、実際にどのようにして反物質より物質が多い宇宙になったのかは未解明の謎です。その謎の解明も理論物理学研究室で行なわれている研究テーマの一つであり、ニュートリノ振動での「CP対称性の破れ」の観測が進めば謎の解明の手がかりになるかもしれないと期待しています。小さな素粒子の世界のとても軽いニュートリノですが、その役割はなかなか重くて大きいですね。

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