ナノ粒子研究のおもしろさ

【物理学科】池本 弘之

 ナノサイエンス、ナノテクノロジーといった言葉を、見かけたり耳にしたことがあると思います。では、「ナノ」とは何を意味するのでしょう。辞書を引いてみると、ギリシャ語のnanos(小人)が語源で、長さなどの単位の前に付けて10億分の1、言い替えると10-9を表す言葉であると、書かれています。長さの基本単位であるmにつけるとnmと表されますが、1mの1000分の1が1mm、その1000分の1が1㎛(マイクロメートルと読みます)、さらに1000分の1が1nm(ナノメートルと読みます)です。私たちが研究しているナノ粒子とは、1nmから100nmの大きさの粒子のことを言います。DNAの直径が2nm程度、インフルエンザウィルスが100nm程度ですから、我々が直接目にすることが出来ないくらい小さな粒子です。

 では、ナノ粒子はどれくらいの原子から構成されているでしょうか。大雑把に計算すると、小さいナノ粒子では数十個の原子から、大きなナノ粒子では数千万個の原子が、ナノ粒子を作っています。この数字が大きいか小さいか、感じ方は人によって異なる事でしょうが、数十個は少ないし、数千万個は多いと感じる人が多いと思います。物理を研究するうえでは、逆に数十個は多く、数千万個は少ないとも言えます。水分子は3原子、エチルアルコール分子は9原子から構成されていますが、それらに比べて数十個は多く、構造や性質を計算することは想像以上に大変です。一方、私たちが日頃触れる物は、1024個程度の原子から出来ています。1024は、1の後に0が24個続く数字、言い替えると1億に1億をかけ、さらに1億をかけた数字ですから、無限といっても良い数字です。しかしながら、無限に続くとの仮定が出来ると、結晶状態では逆に小さな単位が無限に続くとの取り扱いができて、かえって物理的には扱いやすくなります。このように、ナノ粒子を構成する数十個から数千万個の原子数は、少なくもなく多くもなくといったことになります。このために、ナノ粒子の世界を物理的に研究することは困難でした。しかしながら、実験・製造技術の進歩、コンピューターの発達により、ナノスケールの世界の研究が盛んになっています。

 ナノ粒子は、私たちがふだん目にする物質と比べると、表面にある原子の割合が圧倒的に大きくなります。例えば粒径2nm程度のナノ粒子では、およそ半分の原子が表面にあります。抹茶の粉の粒子径は20μm程度と非常に小さいですが、表面にある原子の割合は0.005%程度であり、ほとんどの原子は内部にあると考えてかまいません。したがって、ナノ粒子では表面にある原子が非常に多いのです。一方、水分子やエチルアルコール分子では、すべてが表面にあり内部に埋もれた原子はありません。このように、ナノ粒子では、表面と内部といった異なる領域に属する原子があるという複雑さが存在しています。

 私たちの研究のもうひとつのキーワードは、「階層性」です。階層性はいろんな所に見られます。素粒子-原子核-原子….、地球-太陽系-銀河-宇宙、さらには蛋白質などにも、階層性が見られます。V族元素のビスマスや、VI族元素のテルルは、3配位ネットワーク構造や、2配位鎖状構造を基本単位として、それらが相互作用することにより2次構造を作り、結晶となることが特徴として挙げられます。

 私たちは、このように階層性を有する元素がナノ粒子を作ったときに、どのような構造や性質を示すかを明らかにしたいと考えています。テルルやビスマスのナノ粒子では、基本構造が積み重なって2次構造が出来るだけでなく、逆に2次構造が基本構造に影響することを明らかにしました。現在は、ナノ粒子全体がどのような形をしているのか、さらにはナノ粒子同士が相互作用を及ぼすのかも調べています。そのために、ナノ粒子が分散した平滑面にぎりぎりにX線を入射してその散乱を測定しています。図はその例ですが、何か神秘的な画像です。解析中なので詳細はまだ分かりませんが、元素の違い、ナノ粒子の大きさなどにより、いろんな形のカラフルな画像データが得られます。ナノ粒子同士が相互作用して出来る3次構造を発見できることを楽しみにして研究を続けています。

図1
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