新しい超伝導の発現機構の解明を目指して

【物理学科】田山 孝

 物理にあまり興味のない方も,下の写真のように液体窒素で冷やされた超伝導体の上に磁石が浮いているところを見たことがある方は少なくないのではないでしょうか。この現象は超伝導の完全反磁性という性質によって起きます。超伝導には他にも電気抵抗がゼロになるなど大きな特徴があり,もし室温で超伝導になる物質が見つかれば,われわれの生活は一変するであろうと言われています。そのため世界中の研究者ができるだけ室温に近い温度で超伝導になる物質を探し求めています。ところで昨年は,超伝導が発見されてからちょうど100年という記念すべき年でした。超伝導を最初に発見したのはカマリン・オンネスというオランダ人で,1911年に液体ヘリウムを使って絶対温度4.2ケルビン(摂氏マイナス269度)というとても低い温度で水銀の電気抵抗がゼロになることを見つけ出しました。そのあと他の金属や化合物でも超伝導が見つかり,超伝導は低温で見られるかなり一般的な現象であることもわかってきました。しかしその超伝導の仕組みが微視的に解明されたのは超伝導の最初の発見から40年以上も経った1957年のことでした。この超伝導の理論は提唱者であるバーディーン,クーパー,シュリーファーの3人の名前の頭文字をとってBCS理論として呼ばれ,提唱者の3人はこの功績によりのちにノーベル賞を受賞しました。このBCS理論によると,超伝導になる温度,いわゆる臨界温度は40ケルビン程度(摂氏マイナス約230度)が限界であることが予想され,「BCS理論の壁」として知られていました。実際,1980年代中頃までは超伝導の臨界温度はNb3Geという化合物の23ケルビンが最高で,BCS理論の壁を破る物質は長いあいだ見つかりませんでした。

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 一方,1980年頃から「重い電子系」と呼ばれる希土類元素やアクチノイド元素を含んだ化合物や,有機化合物でも超伝導が見つかり出しました。これらの超伝導の転移温度はそれほど高くはありませんでしたが,BCS理論では説明できない新しい発現機構による超伝導であると見なされました。そして1986年にベドノルツとミュラーという二人の研究者が銅酸化物で35ケルビンの臨界温度をもつ物質を発見し,臨界温度の記録が久しぶりに更新されました。この発見をきっかけに銅酸化物の研究が世界中で行われるようになって,次々に臨界温度の記録が更新され,1993年にはHgBa2Ca2Cu3O8という銅酸化物で臨界温度が133ケルビン(摂氏マイナス140度)にまで到達しました。あまりにも短い期間で臨界温度が急に上昇したため,当時,室温超伝導の期待が一気に高まりました。残念ながら,それから20年近く経った今も常圧での臨界温度の記録は更新されていませんが,その間には青山学院大学の秋光純教授らによるMgB2超伝導の発見や,東京工業大学の細野秀雄教授らによる鉄酸化物超伝導の発見など,日本で超伝導に関する大きな発見がいくつも生まれました。

 このように1980年以降,重い電子系,有機化合物,銅酸化物,鉄酸化物などの物質でBCS理論では説明できない非従来型の超伝導体の発見が続いています。そしてこれらの発現機構の解明が,室温超伝導発見の糸口になるのではないかと期待されています。本学部物理学科の磁気低温物理学研究室でもこの新しい超伝導の発現機構の解明を目指して,1ケルビン(摂氏マイナス約272度)以下の極低温度で超伝導状態を精密に調べることができる世界でもユニークな実験装置(写真)を最近開発し,超伝導の研究を始めました。もしこれを見て興味をもった方は一度話を聞きに来てみませんか?

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