X線で観る(X線イメージング)

【物理学科】飯田 敏

 X線イメージングに関する話題を紹介します. 我々が「ものを見る」,と言ったとき,それは普通目視を意味します.物体によって反射された可視光を目のレンズで網膜に結像させることを指す場合が多いと思います.ものが(可視光にとって)不透明な場合は,ものの表面,外形を見ることになります.X線によるイメージング,可視化,と言ったとき,わざわざX線を用いるのですから,それは普通裸眼による目視では見えないものを見ようとする場合が多い.「ものを知る」には妄想することも大事でしょうが,直接観ることによって物事をより良く理解したいということでしょう.

X線イメージングで観ようとするものの範囲は極めて広い.宇宙に上げたX線望遠鏡によるX線星の観察から,医療診断における人体のX線断層撮影(X線CT),X線顕微鏡による微小物体の実環境下における観察,X線回折法による物質中の原子スケールの電子密度分布の可視化まで広い空間スケールに及びます.X線イメージングで我々に身近なものと言えば,なんといってもX線の高い透過能を利用した(可視光には)不透明な物体の透視でしょう.これは1895年にレントゲンによってX線が発見されてすぐ,X線の正体がまだよく分からない状態のときから利用されてきました.今日では健康診断や医療診断で日常的にX線投影画像の撮影が行われています.保健医療分野以外でも,色々な構造物の内部を非破壊で観察評価したいという要求があり,空港での手荷物検査や工場での製品検査など,X線透視の色々な産業利用がなされています.

 X線による物体の透視では,X線は真っ直ぐに進む光線ビームとして取り扱われることが多い.X線透視画像にコントラストがつく理由はX線の物質による透過能の違いです.重たい(電子密度の高い)物質はX線を多く吸収し,軽い物質はX線をあまり吸収しません.人体の例で言えば,X線の透過能は,骨,筋肉,人体を取り囲む空気,の順に大きくなります.プラスチックで充填された回路部品で言えば,金属配線,充填材,部品周りの空気,の順に大きくなります.X線透視画像では影絵写真のようにX線透過能の差を反映した濃淡が映し出されることになります.それでX線透過能の差が大きいときには,人体や回路部品の例のように骨や金属配線がくっきり写ることになりますが,X線透過能の差が小さい臓器間の識別は容易ではありません.

 次にX線回折法による物質中の原子の可視化の話に移りましょう.我々の身の回りにある全ての物質が原子から出来ているということが,(原子説の域を脱して),はっきり確定するのにX線回折実験が大きな寄与をしました.ラウエの提案に基づき,フリードリッヒとニッピングによって1912年行われた単結晶物質によるのX線回折実験です.尚この実験はそれまで粒子説,波動説と色々議論されていたX線の正体に関しても「X線は波動である」と決着をつけることになりました.このX線回折法によって,物質中の電子密度分布が原子スケールで可視化できます.つまり,物質中の原子の大きさやその位置関係が分かります.この方法ではX線は波として取り扱われます.原子が1個しかないところにX線の波が入ってくると,原子によるX線の散乱波は原子から放射状に出て行きます.複数個の原子があるところにX線波動が入射すると各原子から放射される散乱X線波動は互いに干渉します.散乱X線がどの方向で強めあるか(あるいは弱めあうか)は各原子の相対的な位置関係によって決まります.逆に原子団から十分離れたところで散乱X線の強度を測定すると,その原子団の中での原子の位置を決定することができます.特に結晶性物質のように原子が周期的に規則正しく配置しているときにはX線散乱波の干渉効果が顕著になり,原子団による散乱X線は特定の方向にのみ強く散乱されるので測定は比較的容易です.このような回折現象が観察されるためには,X線の波長は物質中の原子の間隔と同程度である必要があります.このような機構で物質中の電子密度分布が原子の尺度で可視化できることになります.

図1
図1 二つの領域からなる物体の可視化の模式図.
(a)異なる物質から構成されている場合;X線透過能に差があり,X線透過画像で可視化できる.
(b)方向の異なる同じ物質から構成されている場合;X線透過能に差がないのでX線透過画像では可視化できないが,X線トポグラフィでは可視化できる.

 では次に我々が行っているX線トポグラフィというX線イメージング手法を紹介します.先ず,図1に示したように物体が二つの領域からなっていたとします.各領域が異なる物質であり,それぞれの領域の電子密度が異なる場合には,それぞれのX線透過能も異なり,X線透過画像ではそれぞれの領域のX線強度に差が出て両者を区別できるでしょう(図1_a参照).では,二つの領域が同じ結晶性物質から出来ていて,ただその方向(物質中の原子の並ぶ方向)が異なる場合はどうでしょう?(図1_b参照)同じ物質でその向きが異なるだけですから,電子密度やX線透過能に差はありません.X線透過画像ではそれぞれの領域を区別できません.ですが,X線回折の手法を用いるとこれら二つの領域を区別できます.結晶性物質にX線波動を入射させると,その結晶とX線の進む方向とのなす角度によって,散乱X線の出てくる方向も強度も大きく変化します.これを利用すると,同じ物質で方向が変わっているだけの2領域をそれぞれの領域から回折されるX線強度の差として可視化できます.

 X線トポグラフィの実例を示します.図2-aは観察に用いたシリコン単結晶の外観です.普通のデジカメで撮影したものです.外形が見えています.図2-bは回折X線で撮影した試料内部の透過画像です.線のように黒く写っている領域はその周りの領域と比べて結晶の方向がほんの少し(たったの1000分の1度くらい)だけ傾いています.格子欠陥分野の専門用語では「転位」と呼ばれているものです.ほんのちょっとだけしか傾いていない領域も,X線トポグラフィによって,明瞭に可視化されることが分かっていただけるでしょう.

図2a
図2.シリコン単結晶の外観(a)とそのX線トポグラフィ(b).結晶内部に存在する「転位」と呼ばれる結晶格子欠陥が黒い線(回折X線の強度が強い領域)として可視化されている.
図2b

だからどうなんだ?そんなちょっとした差なんか見えても見えなくても,どうでも良いのではないか?と言う声がどこかから聞こえてきそうです.結晶性物質中の格子欠陥と呼ばれる構造不均一を観ることが如何に重要かと言う(私が思っている)理由についてはここでは触れないことにして,別の機会に説明したいと思います.

今年(2010年)で,X線が発見されて115年,X線回折現象が発見されて98年が経ちました.この間,X線発生方法,X線画像検出器,X線画像を解析する計算機に大きな進歩がありました.X線発見直後から始まったX線イメージングはこれらの技術的進展を受けて,大いに発展しました.今後も今まで見えなかったものを観えるようにする努力が続けられることでしょう.

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