病的函数の間に違いはあるか

【数学科】藤田 安啓

 ここでいう病的函数とは, 実数直線$\,\mathbb{R}$上で定義され, $\mathbb{R}$のすべての点で連続かつ$\,\mathbb{R}$のすべての点で微分不可能な函数のことである。直観的に言えば,病的函数とは,$\,\mathbb{R}$上のすべての点で切れ目なく繋がっているギザギザだらけの函数である。このような函数は,1875年に K.Weierstrass により初めて発表された。
それは,$\,a\,$は実数で$\,0 < a < 1$,$\;b\,$は奇数で,$\,\displaystyle{ab>1+\frac{3\pi}{2}}\,$と仮定したときの, 函数 $$F(x)= \sum_{n=0}^{\infty}a^n\,\cos(\pi b^n x),\quad\,x\in\,\mathbb{R}$$ である。すぐにこの函数の重要性が認識され, 他の病的函数が作られたり, Weierstrassの結果の改良がなされた。

 一方, 1903年に, 高木貞治は, 函数 $$G(x)= \sum_{n=0}^{\infty}\frac{1}{2^n} d(2^n x),\quad\,x\in\,\mathbb{R}$$ に同値な病的函数を発表した。 ここで, 各$x \in \mathbb{R}$ に対して, $$d(x)=\min\{|x-z|\,|\, z\in \mathbb{Z}\}$$ (この式の右辺は, $x$ から最も近い整数までの長さ, の意味)である。Weierstrass の函数と高木函数は現在知られているもっとも有名な病的函数であり, 現在でも盛んに研究がなされている。私(著者)は, 高校生の時に数学の教員から Weierstrass の函数の話を聞いていたが, 何かおどろおどろしさを感じ, 解析学を専攻しながら病的函数とは距離を置いてきた。ところが, 平成28年度の大学院生の修士論文の主題として, 高木函数を選びそれ以来病的函数も研究の対象にしてきた。

 表題の『病的函数の間に違いはあるか』について説明する。$C_p(\mathbb{R})$で, $\mathbb{R}$上の周期$\,1\,$をもつ連続函数で $f(0)=0$ となるもの全体の集合とする。$f\in C_{p}(\mathbb{R})$に対して, $f$ を初期値とする「流れ」$\{H_tf\}_{t>0}$ を, $(t,x) \in (0, \infty) \times \mathbb{R}$ を固定したとき, $$H_tf(x)=\min\biggl[\,f(z)+\frac{1}{2t}(x-z)^2\,\bigl|\bigr.\, z\in \mathbb{R}\biggr]$$ (この式の右辺は, $f(z)+\displaystyle{\frac{1}{2t}}(x-z)^2$ の$\,z\,$を$\,\mathbb{R}\,$全体を動かしたときの最小値, の意味)で定義する。この$\{H_tf\}_{t>0}$は偏微分方程式の解析の中で広く使われるが, 病的函数とは無縁のものである。

 以上の設定の下で, 著者らのグループはこの3年間の間に, 初期値$\,f\in C_p(\mathbb{R})$ としてある種の病的函数を取ってきたとき, その流れ $\{H_tf\}_{t>0}$ が, すべての時間$\,t>0$で(ある特別な形の)区分的な2次函数になるという性質を持つことを示した。また, 最近になって,$\,f\in C_p(\mathbb{R})$ が与えられたとき,その流れ $\{H_tf\}_{t>0}$ の挙動を見ることにより,$\,f$ が病的函数であることを判定できるということも示した。

 この結果に基づくと,$\,r$を$\,2$以上の整数とするとき, 高木函数の拡張である $$T(x)= \sum_{n=0}^{\infty}\frac{1}{r^n} d(r^n x),\quad x\in \mathbb{R}$$ は, その流れ $\{H_tT\}_{t>0}$ が上記の区分的な2次函数になるという性質を持つが, Weierstrass の函数の拡張である $$W(x)= \sum_{n=0}^{\infty}\frac{1}{r^n}\bigl[1-\cos(2\pi r^n x)\bigr],\quad x\in \mathbb{R}$$ は, その流れ $\{H_tW\}_{t>0}$ が上記の区分的な2次函数になるという性質を「持たない」ことが示せる。また,$\,T$と$\,W$は病的函数である。このことは, 病的函数の間にも Hamilton-Jacobi flow を通して見ると違いがあることを教えてくれる。

 他にも病的函数の違いを見る研究はあるが, 病的函数と全く関係のない Hamilton-Jacobi flow の性質を比べて違いを見るということは類型を全く見ない研究である。この研究はまだ始めたばかりでまだ分からないことも多いが, 粘り強く, そしてより深く調べて行きたい。そしてお世話になっている数学の世界へ少しでも貢献できればと思う。

REFERENCES

  1. W.Dunham, 微積分名作ギャラリー - ニュートンからルベーグまで, 日本評論社 (2009), 一樂 重雄 , 實川 敏明 (翻訳) ,ISBN-10: 4535784485, ISBN-13: 978-4535784482.
  2. 岡本 久, 長岡 亮介, 関数とは何か: 近代数学史からのアプローチ,近代科学社 (2014), ISBN-10: 4764904594, ISBN-13: 978-4764904590.
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