日本海は450万年前に太平洋と分離した

【生物圏環境科学科】堀川 恵司

日本海の成立

 これまでに分かっている日本海の形成過程や日本列島の形成史によれば,かつて日本列島はユーラシア大陸の一部で,約2500〜2000万年前に日本列島とユーラシア大陸の間に溝が形成され,それが徐々に拡大し,今の日本海が形成されたようです。日本海の拡大が終息した1000万年前には,日本列島の分布は現在の弧状に近い配置になっていましたが,西日本は朝鮮半島と陸続きで,東日本の大部分は海面下にありました。つまり,当時の日本海は,北日本側に開いた湾のような形状をし,海峡深度も深く,日本海と太平洋との間で深層水の交換があったとされています。しかし,1000万年前以降,東日本〜北海道地域が徐々に隆起し,太平洋と日本海の間にあった海峡が徐々に縮小・浅海化して,現在のような半閉鎖的な日本海が作られました。

 日本海が太平洋と分離し,閉鎖的になっていく過程は,東北日本の隆起活動や日本列島の形成と密接に関係していますが,いつ頃,そしてどの程度の時間スケールで起こったか,については実はよく分かっていませんでした。そこで,我々の研究グループでは「海水の由来」を判別できるネオジム同位体比に着目して,日本海の閉鎖時期を解析することにしました。これは,日本海が閉鎖的になれば,太平洋からの海水の流入が制限されるため,日本海深層水の化学組成が太平洋と異なるようになる,この変化をネオジム同位体比から明らかにできるのではないかと考えたからです。

「海水の由来」を判別できるネオジム同位体比

 海水に溶けているネオジム(Nd)は,岩石中のネオジムが水との反応で溶け,河川を通じて海洋に供給されます。岩石には,ネオジムだけでなく,様々な元素が含まれ,サマリウム(Sm)という元素も含まれています。ネオジム同位体比を考える際に,このサマリウムという元素が重要になってきます。サマリウムには,質量数147のサマリウム(147Sm)があり,放射壊変(半減期1.06×1011年)によって,質量数143のネオジム(143Nd)に変化します。

図1

 例えば,Sm/Nd比が低い花崗岩では,147Sm→143Ndへの壊変による143Nd量は少ないので,143Nd /144Ndの比で表すネオジム同位体比は低い値を示します。逆に,Sm/Nd比の高い火山岩では,147Sm→143Ndへの壊変量が多く,生成される143Nd量も多くなるため,ネオジム同位体比が高くなります。つまり,岩石の種類や岩石の古さによって,岩石のネオジム同位体比はそれぞれ異なっていて,その岩石から溶け出たネオジムの同位体比は,河川を通じて,隣接する海水のネオジム同位体比として記録されます。このように陸域の岩石の影響を受けて海水のネオジム同位体比が異なるので,北大西洋を流れる深層水は‒12εNd,南極周辺を流れる底層水は‒9εNd,北太平洋を流れる深層水は‒4εNdのように,それぞれ異なった値を示しています。つまり,海水のネオジム同位体比が‒12εNd程度であれば,その海水は北大西洋に由来するであろうということが推察できます。

魚の骨に記録される海水のネオジム同位体比

 陸から遠く離れた海洋底では,1000年間でおよそ1cm程度の早さで堆積物が降り積もっていきます。このような堆積物を50cc程度取って顕微鏡でのぞくと,0.1~0.3mm程度の魚の歯や骨片を十数個,場合によっては百個程度見つけることができます。0.1~0.3mmの骨片が数十個というのは,量としては非常に少ないですが,魚の歯・骨には海水のネオジムが濃縮しており,同位体比情報もしっかりと記録されます。さらに海底面で歯・骨に記録されたネオジム同位体比は,仮に歯・骨が海底面下400mまで埋没したとしても,泥の中で1000万年経ったとしても,保持されるのです。したがって,ある海域の1地点で海底堆積物を採取し,各時代の堆積物から歯・骨を拾い集め,それらのネオジム同位体比を分析すれば,ネオジム同位体比から,当時海底面を流れていた「海水の由来」を知ることができます。

図2

日本海は,いつ太平洋から分離したか?

 私たちは,2013年に統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Program(IODP)346次航海)において,日本海中央部の大和堆で掘削された堆積物試料(過去1000万年間で堆積した全長約400m)を対象として,魚歯・骨片化石のネオジム同位体比を分析しました。ネオジム同位体比から,試料を採取した日本海中央部の深層水が,いつ頃から北太平洋(ネオジム同位体比高い)や南太洋に由来(ネオジム同位体比やや低い)する外洋の海水の影響を受けなくなったのかを調べようとしました。

 日本海のネオジム同位体比は,1000-850万年前は,北太平洋に由来する海水(ネオジム同位体比高い)の影響を受けていて,450万年前までは,南太洋に由来する海水(ネオジム同位体比やや低い)の影響を受けていたことを示していました。さらに,興味深いことに,450万年前には,日本海のネオジム同位体比が約14万年間で大きく低下していたことも明らかにしました。これは,高いネオジム同位体比をもつ太平洋の海水が,日本海に流入しにくくなったことを示しています。

 450万年前前後は,ちょうど太平洋プレートの運動が活発で,プレート縁辺にあたるニュージーランドやパプアニューギニアなどで造山運動が盛んだった時期にあたり,東北日本でも造山運動が活発だった時期と重なります。そのため,今回得られたネオジム同位体比データと併せて考えると,450万年前頃に東北日本の隆起により,太平洋と日本海を繋いでいた海峡が14万年程度の期間で浅海化・縮小し,日本海と太平洋の海水交換が減少したと考えられます。つまり,深層水の交換において,日本海と太平洋の分離がこの時期に起こったと言えます。

 日本海の形成史や日本列島の形成史は,日本海海底にある大陸地殻の厚さと形,地磁気縞,断層の走向と分布,陸上岩石の古地磁気や日本海海底堆積物に残された微化石記録を多くの研究者が丹念に調べ復元されてきました。本研究は,これまでの知見に加えて,「海水の由来」を探れる新しい地球化学的な手法を用いることで,日本海の閉鎖史をこれまでよりも高い時間解像度でかつ鮮明に描きました。

図3

【参考文献】
Kozaka, Y., Horikawa, K., Asahara, Y., Amakawa, H., & Okazaki, Y. (2018) Late Miocene–mid-Pliocene tectonically induced formation of the semi-closed Japan Sea, inferred from seawater Nd isotopes. Geology, 46, 903-906.

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