汽水域における福島第一原子力発電所起源の放射性物質の動態

【生物圏環境科学科】張研究室 神林翔太

 2011年の福島第一原子力発電所事故によって環境中に放出された放射性物質(Cs)の移行過程を明らかにすることは緊急かつ重要な課題の一つであり,国内外の研究グループが早い段階から研究に取り組んでいます。

陸域に堆積する放射性セシウムは雨水等によって河川へ流され,河口を通じて海洋に流出します。しかし,淡水と海水が混ざる汽水域である河口域は,微細粒子の凝集や沈殿などさまざまな現象が集中的に起こる複雑な環境であることから,放射性物質の動態の詳細は分かっていません。そこで私達の研究室では,汽水域における放射性物質の環境動態を明らかにするために,福島県松川浦とその流入河川にてフィールド調査を行っています。

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河川,溜池,汽水域でのフィールド調査の様子

 松川浦は福島県唯一の汽水湖で,自然の景勝地として県立自然公園に指定されています。また,浦内で採れるアオノリをはじめ,沖合は豊富な魚介類の漁場としても知られ,毎年多くの観光客が訪れていました。

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震災以前の松川浦(松川浦観光案内所HPより)

 しかし,2011年3月の東日本大震災で津波による甚大な被害を受け,地形や景観,生態系も大きな影響を受けました。

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地震と津波により被災した震災後の松川浦

フィールド調査は,2013年9月開始当初から福島県漁業協同組合連合会相馬双葉漁業協同組合松川浦支所(以下,松川浦支所)と連携して行っています。松川浦支所とはフィールド調査や現地報告会等を通じて良好な関係を築けており,現地の声を研究に反映しています。

 フィールド調査を継続して行った結果,湖底堆積物に含まれる放射性セシウムは物理学的半減期よりも早く減少することが分かり,また,自作セジメントトラップを係留して沈降粒子の採取を行った結果,沈降粒子の放射能は堆積物に比べ高濃度で検出されました。沈降粒子フラックス及び放射性セシウムフラックスから,潮汐や風浪等により生じる細粒堆積物の再懸濁や移動等の物理的要因により太平洋へ流出していることが明らかになりました。さらに,水中に溶けている放射性セシウムを分析した結果,河川から汽水に移行するにつれて濃度が増加することから,粒子だけではなく水に溶けている状態でも海域へ移動していることが明らかになりました。

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湖底堆積物採取
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自作セジメントトラップ

 現在,これまでの結果を踏まえたうえで,海底地下水湧出による起源も視野に入れた「河川―汽水―海洋」の系における詳細な放射性セシウム移行プロセスを明らかにし,海域へ移行する放射性セシウムフラックスの推定を行っています。

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