環境水を測る!新しい水質測定技術の開発

【生物圏環境科学科】波多 宜子

 水環境が化学物質で汚染されているかどうかの一つの目安は,基準値を越えているかどうかです。化学物質の水道水質基準は,WHOガイドライン第3版に従い,毒性評価から算出された許容濃度(評価値)の1/10に相当する濃度を超えて検出されるか,検出されるおそれの高い項目が基準項目となっています。

 水銀は,水俣病の発生を契機に使用の規制などが加えられています。水銀のWHOのガイドライン値は,0.001 mg/Lですが,日本の水質基準や環境基準は安全側の0.0005 mg/Lとなっています。
 カドミウムはどうでしょうか。

 今年(平成22年)4月,カドミウム及びその化合物(以下,「カドミウム」という。)に係る水道水質基準が「0.01 mg/L以下」から,WHOガイドライン値と同じ「0.003 mg/L以下」に改正・施行されました。WHOガイドライン値は,十年以上前から,0.003 mg/Lです。EU指令および米国環境保護庁飲料水基準,韓国Tap waterおよびRiver and Streamsの値は,0.005 mg/Lであり,カナダにおける水生生物ガイドライン(淡水域)値は,0.017μg/L(0.000017 mg/L)となっています。

 EUでは,RoHS指令により2006年7月以降,特定製品へのカドミウムの使用が原則禁止されています。日本は,かつて,世界最大のカドミウム消費国でした。現在でも,世界の10%以上を消費しており,その大部分はニカド電池とされています。消費が多いということは,それなりに環境を汚染していると考えられます。廃棄物の不法投棄,ニカド電池等の環境への廃棄などによる環境汚染が懸念されます。

 富山県神通川中流地域で発生したイタイイタイ病は,カドミウムに汚染された飲食物の摂取が主な原因とされています。富山県内の環境水中のカドミウム濃度はどの程度なのでしょうか。環境水を測定する際,多くの場合,何らかの分離・濃縮操作を必要とします。フレームレス-原子吸光光度法では,環境基準値レベルのカドミウムを測定することは可能ですが,実際の環境水中のカドミウムを測定することはほとんど不可能です。私達は水相から生成させる有機イオン会合体を利用する高濃縮/分離法(図1)を開発し,様々な水環境計測に応用してきました。この高濃縮/分離法をカドミウムの定量に応用し,環境水を測定したところ,富山県内河川水中のカドミウム濃度は,神通川がやや高いものの,数〜数十ng/L(ng/L は 100万分の1 mg/L)と環境基準(0.01 mg/L)の100分の1以下でした。

 この『水相から生成させる有機イオン会合体を利用する高濃縮/分離法』は,適切な組み合わせの有機陽イオンと有機陰イオンを水相で混合すると,微量のイオン会合体が油状の有機相として分離し,その相の生成の際に水中に溶存している疎水性の化学成分を効率よく抽出分離する方法(図1,図2)です。

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図1:水相から生成させる有機イオン会合体を利用する濃縮法

このイオン会合体は,溶媒として変わった性質を持つことがわかってきました。
水相と分離することができるにもかかわらず,アセトン,プロパノールなどの水溶性有機溶媒とほぼ同じ極性であることがわかりました1)。

無電荷成分のみならず,有機イオン性成分も抽出可能なことがわかりました2)。

液体電極プラズマ-発光分析装置(LEP-AES)は,測定液量が 0.04 mL で済み,小型で,多元素同時定量が可能ですが,感度が不足することがあります。そこで,有機イオン会合体を利用する濃縮法を組み合わせ,重金属の定量に応用したところ,銅やマンガンの定量において100倍濃縮で感度が1000倍以上となり,10倍以上の増感効果が得られました3)。現在,この増感効果について検討中です4)。

 有機イオン会合体抽出による高濃縮法を利用して,汎用性の高い測定機器による環境水の微量成分分析を発展させたいと考えています。

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図2:水相と分離したイオン会合体相
    【参考文献】
  • 波多, 安井, 橋本, 倉光, 田口:日本分析化学会第58年会講演要旨集, p112 (2009)
  • 波多, 橋本, 安井, 倉光, 田口:第71回分析化学討論会講演要旨集, p3 (2010)
  • 中山,山本,波多,田口,高村:第71回分析化学討論会講演要旨集, p159 (2010)
  • 水名, 波多, 倉光, 田口, 中山, 山本, 高村:平成22年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会要旨集, p50 (2010)
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