有機電解合成:電気エネルギーで分子をつくる

【化学プログラム】岡本 一央

 私の専門分野は「有機電解合成」です。聞き馴染みのない言葉だと思いますが、実はいま世界中で研究開発が展開されているホットな分野です。「有機合成化学」は、有機分子を自在に変換して医薬品や機能性材料といった有用物質の生産を目的とする学問分野であり、不斉触媒やクロスカップリング反応等をはじめとしたノーベル賞級の優れた技術が日本から生み出されています。有機電解合成は、電気エネルギーで化学反応を駆動する「電解反応」を利用することで、新たな有機合成化学の技術を開発しようとする学問領域です。

 電解反応の代表例として、皆さんにもなじみ深い水の電気分解が挙げられます(図1)。電解質となる塩(えん)を溶かした水に電極を差し込み、一定の電圧をかけると陽極では酸素、陰極では水素が発生します。このとき、電極間には1.2 V程度の電圧がかかっており、この電気エネルギーが電気分解を引き起こしています。銭湯にある電気風呂は5−10 Vで稼働しているらしいので、それよりも低い電圧です1。一見すると単純な反応に思えますが、同様の反応を熱エネルギーで行おうとすると、約2500 ℃という途方もない高温が必要になります2。これは、さそり座を構成する恒星アンタレスの表面温度(3000 ℃)とほぼ同じです。ちなみに、ウルトラマンでゼットンが放つ火球は10^12 ℃(一兆度)なので比較になりません。

 つまり、熱エネルギーでは進行しにくい反応が、電気エネルギーではたった乾電池1個分(単3なら1.5 V)のエネルギーで簡単に進むというわけです。エネルギー不足が深刻化している昨今の状況下、これを有機合成化学に応用しない手はありません。

図1
図1.水の電気分解に必要なエネルギーの比較

 実際の例をいくつかご紹介します(図2)。モルヒネの類縁体であるオキシコドンは鎮痛剤として有用ですが、その化学合成には多段階の合成ステップが必要であるため大量供給には課題が残されています。電解合成の技術を使えば、安価かつ短工程で調製可能なベンジルイソキノリン誘導体を陽極酸化するだけで、複雑に縮環したモルヒナン骨格を一挙に構築することができます3。本反応では、陽極でラジカルカチオンという反応性の高い中間体を生成することが成功のカギとなっています。

 電解反応では、陽極酸化と同時に陰極で還元反応が進行しています。この陰極還元を巧みに利用した反応が最近報告されています4。1944年に発見されたバーチ還元は、安定性の高い芳香族化合物(ベンゼンなど)を還元することができるパワフルな反応です。しかし、危険性の高い液体アンモニアや金属ナトリウムを−78 ℃の極低温で用いる必要があるため、気軽には手を出しづらい反応でもあります。有機電解合成の手法を使うと、バーチ還元を室温条件下、アンモニア/金属ナトリウムなしで行うことができます。本反応のカギは電解液(溶媒+電解質の組み合わせ)をうまく設計している点にあり、リチウムイオン電池の組成にヒントを得ているそうです。このように、電気化学・工学など有機化学の範疇に留まらない異分野の発想を取り入れられる点は有機電解合成の裾野の広さを物語っており、日本においても多彩なバックグラウンドをもつ研究者が参画しています。

図2
図2. 陽極酸化、陰極還元を利用した電解反応の例

 以上のように、有機電解合成が秘める可能性は産業界にも大きなインパクトをもたらしつつあります。その発展に貢献できる基盤技術を富山の地から発信することを目指して、理学部では日々さまざまな研究が展開されています。

参考文献
  1. 東京都浴場組合(2024年10月19日確認):https://www.1010.or.jp/mag-column-94/
  2. 表面技術, 2005, 56 (4), 207-211.
  3. Angew. Chem. Int. Ed., 2018, 57 (34), 11055-11059.
  4. Science, 2019, 363, 838-845.
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