円偏光発光によるキラルセンシング

【化学科】岩村 宗高

化学科の光化学研究室では、さまざまな分光法を用いて分子の世界を探索している。本稿では、我々が用いる分光法のひとつである、円偏光発光分光法について紹介する。

図1
図1 鏡面と右手と左手の関係

左右非対称性(キラル)

 右手と、鏡に映した左手は同じ形だが、実体同士は違う形である(図1)。このような性質をキラルであるという。キラルではない構造(すなわち左右対称な構造)をもつ分子が集合しても、単純な繰り返し構造になる。分子が自主的に集まって生物のような複雑な構造を形成するとき、その基本要素はキラルでなければならない。生物の複雑多様性には、キラルな要素が極めて重要で、キラルな分子が、複雑系の中でどのように存在しているのか知ることが重要である。キラルな分子とその鏡像体は、様々な性質が全く同一なので、これらの分子の識別も分別も通常の方法では難しい。このためには、なにか左右非対称な要素を持つ手段を使わなければならない。

左右非対称な光、円偏光

 分光学的に計測するためには、‘円偏光’を使う。円偏光は偏光面が回転している、左右非対称な光である。こうした左右非対称な光の吸収率や屈折率は、鏡像体でしばしば異なるので、分光学的にキラル分子を見分けることができる。キラルであることを光学活性と呼ぶ所以である。

左右円偏光の吸光度の違いを検出するのが一般的に使われる円2色性分光である。吸収と同様に、発光でも円偏光に差が生じる。これを検出するのが円偏光発光分光(CPL)である。CPLは40年以上昔から存在する技術であるが、近年、分光法の普及と、顕著な円偏光発光を示す物質の相次ぐ発見により、関連する報告が急激に増えている。こうした中、我々は円偏光発光分光の新しい活用法を提案している。1

誘起円偏光発光

 アキラルな発光性分子は、通常CPLを示さないが、キラルな分子と相互作用するなどしてキラルな形に変型すれば、CPLを示すことがある。この現象に着目し、キラルセンサーとして活用することを研究している。誘起CPLを活用したキラルセンシングは、全く新しいセンシング法なので、これまで識別が難しかったキラル分子のキラリティの決定ができると期待される。また、発光を検出するので、蛍光顕微鏡と組み合わせた空間分解キラルセンシングが可能である。我々が見出した具体例を図2に示す。[Eu(pda)2]-(pda = 1,10 phenanthoroline -2,9- dicarboxylic acid)は、10%程度の量子収率で赤い発光を示す分子だが、アキラルな構造のため円偏光発光は示さない。この分子がアルギニンなどのキラルなアミノ酸が存在すると、非常に強いCPLを示す2。我々は、蛍光顕微鏡と円偏光分光システムを組み合わせることで、円偏光の顕微分光を行い、キラリティの空間分布を検出することにも成功した(図3)3

図2
図2[Eu(pda)2]-の誘起CPL
図2
図3 寒天中に分散させたL/Dアミノ酸のCPLイメージング図。
Dアミノ酸を分散させた部分は負のCPL、Lアミノ酸を分散させた部位からは正のCPLが観測されている。

また、配位子を修飾することにより、キラルセンシングするアミノ酸の種類を変えることができることも分かった4。さらに、強くセンシングされるアミノ酸は、発光性分子に対してアロステリック効果が働き、キラルセンシング感度が増強されるしくみが働いていることが分かった5。例えば、アルギニンの鏡像体を等濃度で混合したラセミ溶液では円偏光は出ないが、少しL体とD体で濃度差があると、強いCPLが出る。これは、発光性分子にL体が会合すると、D体が会合しなくなり、もうひとつのL体の会合が促進されることを示している。すなわち、L体の会合によって誘起された構造変化が、会合定数の光学選択性を促す、いわゆるアロステリック効果によるキラルセンシングである(図1)。


発光性希土類錯体を用いた誘起CPLでは、アロステリック効果が鍵となっていることが分かったので、これをヒントにさらに有用なプローブ分子の開発と、キラルセンシング分光システムの改良を行っている。

【参考文献】

  1. M. Iwamura, Y. Kimura, R. Miyamoto and K. Nozaki, Inorg. Chem., 2012, 51, 4094-4098.
  2. K. Okutani, K. Nozaki and M. Iwamura, Inorganic Chemistry, 2014, 53, 5527-5537.
  3. H. Koike, M. Iwamura and K. Nozaki, in preparation.
  4. T.-a. Uchida, K. Nozaki and M. Iwamura, Chemistry – An Asian Journal, 2016, 11, 2415-2422.
  5. M. Iwamura, M. Fujii, A. Yamada, H. Koike and K. Nozaki, Chemistry – An Asian Journal, 2019, 14, 561-567.

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