アスベスト吸引により引き起こされる腫瘍に対する治療薬の開発

【化学科】宮澤 眞宏

悪性胸膜中皮腫という病気を知っていますか。胸膜とは、主に肺を覆っている膜のことで、この膜には中皮細胞が並んでおり、この細胞に発生する腫瘍が中皮腫です。中皮腫は通常、悪性腫瘍(がん)を意味し、悪性胸膜中皮腫は、肺周辺にある胸膜にできるがんのことです。がんは早期発見が大切で、この中皮腫に関してもそれは当てはまり、早期発見が予後の生存率に大きく影響します。しかし、中皮腫は適切な検査方法が現在のところ無いために早期発見が困難であり、発育も早いため、かなり進行してから見つかることが多いことが問題です。また、肺がん同様、この中皮腫も極めて治療が困難で、外科手術、抗癌剤療法(化学療法)、放射線治療を含め確立された治療法がまだなく、新しい治療法の確立が望まれています。

図

さて、中皮腫はその発生原因がかなり明らかになっており、そのほとんどがアスベスト(石綿)を吸ったことによります。現在、石綿はその使用が禁止されており、身の回りでは見かけることはほとんどなくなりましたが、かつては断熱材として多くの建物に使用されていました。現在でも、古い家屋の解体時に飛散する可能性があり、その作業には細心の注意が必要となります。アスベストを含む建築材の処理は2020年〜40年くらいがピークになると言われています。また、アスベストを吸ってから中皮腫が発症するまでの期間は大変長く、平均で40年程といわれていますが、日本では吹き付けアスベストの使用が1975年に禁止され、ちょうど今年で40年が過ぎたところになります。従って、アスベスト問題は過去の話ではなく、これからが大きな問題となる可能性が高いのですが、現在のところ、中皮腫の根治に関する有効な治療薬は存在していません。

図

2008年に産業技術総合研究所の新家等によって、微生物(Streptomyces sp. AK-AB27)の代謝産物からJBIR-23, -24が単離・構造決定され、悪性胸膜中皮腫に対して細胞毒性を示すことが報告されました。私達の研究室では、この化合物の全合成に取り組んでおり、現在、3つの環状構造を有する基本骨格の合成に成功しています。今後、側鎖と呼ぶ鎖状に伸びた部分をPdという金属触媒を用い、私達の研究室で開発した独自の反応を用いて合成する計画です。私達はこの研究が悪性胸膜中皮腫に対する新規治療薬の開発に繋がることを目指しています。

TOP