補酵素に学ぶ -再生可能なヒドリド試薬の開発-

【化学科】大津 英揮

 「酵素とは?」と尋ねられると、(何となく)分かる人が多いかと思いますが、「補酵素とは?」と尋ねられた場合はどうでしょうか?あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、英語にするとCoenzyme(コエンザイム)となり、この言葉は薬局等に行くと見かける言葉だと思います。補酵素の多くは、体内でビタミンから合成され、まさに酵素機能を補うべく、大活躍しています。例えば、我々の肝臓の中には、アルコール脱水素酵素、という酵素が存在していますが、この酵素の中には、NAD(Nicotinamide Adenine Dinucleotide)という補酵素が含まれており、お酒(エタノール)をアセトアルデヒドへと酸化する主たる役割を担っています。一方で、このアルコール脱水素酵素は、酵母菌にも含まれており、アルコール発酵、すなわち、アセトアルデヒドからエタノールへの逆反応(還元反応)も行うことができます。

 有機化学的にアセトアルデヒドのようなアルデヒド化合物をエタノールのようなアルコール化合物へと変換するためには、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)や水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)などのヒドリド(H–)試薬がよく用いられます。しかしながら、これらの試薬は、水に対して不安定であり、反応したヒドリド試薬を再生するには、多大なコストが必要になってしまいます。人間の体が約60%の水でできていることを考えると、天然のヒドリド試薬とも言える補酵素NADが自然界で再生過程を持ちながら機能していることの不思議さに驚かされます。

図1
図1. 補酵素NADにおける酸化還元反応

 我々は、このような補酵素NADに倣い、その原理・本質を理解し、ひいては太陽光をはじめとした自然エネルギーにより再生するヒドリド試薬へと利用・応用するため、錯体化学を基盤としたNADモデルの研究を行っています。近年では、NAD+モデル配位子を含むルテニウム錯体に可視光を照射することでNADHモデル配位子へと効率よく還元できること、すなわち、光エネルギーを錯体分子内に(ヒドリド源として)貯蔵できることを見いだし、さらには、このNADHモデル配位子を含むルテニウム錯体は、二酸化炭素雰囲気下、塩基を添加することにより、二酸化炭素(CO2)をギ酸イオン(HCO2–)へとヒドリド還元できることを明らかにしています(参考資料:H. Ohtsu, K. Tanaka, Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 9792.)。

図2
図2. NADモデル錯体によるヒドリド貯蔵・放出
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