金原子同士がつながる瞬間を捉えた!

【化学科】岩村 宗高

 分子はいくつかの原子が化学結合により結びついて出来ています。この分子の必須要素である化学結合が「ある」ことを知るのはどんな観測結果によるのでしょう?分子の結晶が得られれば、X線の解析を使って結晶構造から化学結合があることが直接的に確認できます。もうひとつの方法は、化学結合の振動を観測することです。どんな結合もそれぞれ固有の振動数を持ちますから、この振動を観測すれば化学結合の証拠となります。通常は結合の振動の周波数に共鳴する光である赤外線の吸収、いわゆるIRスペクトルを計測して該当する化学結合を持つ分子を同定します。

 ところで、化学結合の中には、反応の間の一瞬だけ存在するものもあります。例えば、ジシアノ金(I)という化合物は、金原子同士の距離が比較的近い状況(3Å程度、結晶や高濃度の溶液など)にあるところに紫外光を当てると、金―金間結合が生成します。このことは、紫外照射に伴い観測される会合体特有の青い発光や、理論から予想されていました。しかし、この会合体は溶液中で1億分の1秒程度という短い間しか存在しないため、この結合の振動を観測したという報告は最近までありませんでした。

 近年発達してきたレーザー技術を使うと、10〜1000兆分の1秒という、極めて短い時間の間にしか光らないレーザーパルスを作ることが出来ます。この光を使って分光計測を行うと、一瞬しか存在しない化学結合の振動を観測することができます。それどころか、化学結合が生成した瞬間の原子の動きを見ることが出来る。

 金―金間結合は、光照射によって生成しますから、レーザーパルス光を金イオンが高濃度で存在する空間に照射すると、一斉に金-金結合が生成し、光をあてた空間の中にある無数の金と金の距離は、結合生成にともない一度に短くなります。バネで繋がった鉄球を手で引き離しておいて、急に手を放して近くまでよせるとどうなるでしょう?本来の結合距離を越えて一気に短くなり、その後反動で反発し離れ、また短くなります。すなわち振動が起こるわけですが、分子でもここで起こることと同じように、ダイナミックな原子間の振動が誘起されるのです。それも、観測領域内の金原子を一斉に結合させるので、多くの金原子からの光信号に、この振動による「ゆれ」が同じ位相で計測されることになります。図1に示したグラフは実際に観測された信号で、波長600nmの光の吸収信号です。金―金間距離が短いときと長いときとで吸収強度が異なるため、金―金間伸縮振動が信号強度の「ゆれ」として観測されます。もちろんこの「ゆれ」の振動数は金―金間結合の振動数に一致します。(図2)

 このことからふたつのことが分かります。見ている振動は金―金間結合である。また、光照射によって金-金間結合が生成する。予測されていたことは本当だったのです。今回は、金原子の間に化学結合ができる瞬間を捉えた例でしたが、最近ではこんなふうに、原子の動きをリアルタイムで計測することにより、上記のような結合生成の瞬間や、反応に伴う分子の構造の時間変化など、様々な分子のふるまいを「見る」ことが出来るようになってきており、様々な化合物の「速い時間変化」が明らかにされつつあります。

 (参考資料:M. Iwamura et al, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, p.538)

図1
図1 光照射によるジシアノ金(I)錯体会合体内の金―金間結合生成とこれに伴う構造変形
図2
図3
図4
図2 観測された信号の「ゆれ」の振動数と、これらに対応する会合体の振動形の計算予想
TOP