ヒスタミン神経に共存する抑制性伝達物質GABAの役割について

【生物学科】望月 貴年

 「かぜ薬をのむと眠くなる」ことから、総合感冒薬に含まれる抗ヒスタミン成分(H1受容体拮抗薬)が眠気を誘発する作用があると知られていた。1980年代に、脳内ヒスタミン神経系の存在が証明され、1990年代には、ヒスタミン神経の生理機能が検証されてきた。ヒスタミンは覚醒アミンとして、ノルアドレナリン、セロトニン、アセチルコリン等の神経伝達物質と同様、覚醒の維持・調節に重要な役割を果たす。また、ヒスタミンH1受容体は脳内に広く分布し、大脳皮質などの神経活動を興奮させ、脳の賦活化を促す役割を持つ。

 興味深いことに、ヒスタミン神経はグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD67)を共発現することが知られており、抑制性伝達物質GABAを産生すると考えられる(図1)。しかしながら、ヒスタミン神経終末から、ヒスタミンと同様にGABAが遊離するかどうか、またヒスタミンによる覚醒調節に、共存するGABAがどのような影響を与えるか、ほとんど何も検討されていない。

 そこで我々は、神経終末におけるGABAのシナプス小胞へのトランスポーター(VGAT)に着目し、Cre-loxP遺伝子発現調節システムを用いて、ヒスタミン神経特異的にVGAT遺伝子を欠損するHDCVGATflox-floxマウス(HDC-CreマウスとVGAT floxマウスの交配による)を作製した(参考文献)。このマウスは、ヒスタミン神経特異的にGABA遊離を阻害することが期待され、共存するGABAの生理的意義が検証できる。

 ところが、この過程で、野生型マウスでもヒスタミン神経にVGATが発現していないと考えられる、驚くべき結果を得た。すなわち、VGAT-CreマウスをGFPリポーターマウスと交配し、VGAT発現分布を高感度で解析すると、HDC陽性細胞ではVGATシグナルが検出されない。また、通常のin situ hybridizationでも、野生型マウスのHDC陽性細胞にVGAT mRNAは検出されない。よって、ヒスタミン神経はGABAを共存物質として産生するものの、エキソサイトーシスにてGABAを放出するとは、理論上、考えられない。それでも、生理機能としてGABAの作用が検出できるかどうかを確認するために、HDCVGATflox-floxマウスの睡眠覚醒特性を、脳波筋電図測定により詳細に解析したが、対照群と有意な差異は見られなかった。さらに、ヒスタミン神経でGABA合成を完全に阻害するため、GAD67 floxマウスを用いてHDCGAD67Tflox-floxマウスを作製し、睡眠覚醒特性を詳細に解析したが、やはり対照群と有意な差異は見られなかった。

図1 :

 以上の結果から、ヒスタミン神経に共存するGABAの生理的・機能的意義は見いだせなかった。抑制性神経伝達以外の役割、例えば発生過程における影響の有無を検証するため、GABA合成を阻害したHDCGAD67Tflox-floxマウスのヒスタミン神経細胞数を調べてみたが、対照群との差異はなかった。共存する伝達物質の意義を探る上で、我々の想像力・技術力がまだ足りないのかもしれないが、一方、ヒスタミン神経の進化の過程を想像すると、次のようなことが考えられ、大変興味深い。すなわち、ヒスタミン神経は、GABA神経から派生したのではないか。GABA神経が、ある時点でHDCを発現するようになり、ヒスタミン神経として機能を得た後、GABAを放出する機能は退化したのではないか。この方が、生物学的観点から魅力ある仮説となる、と、ため息まじりで想像して楽しんでいる。

【参考文献】
Venner A, Mochizuki T, De Luca R, Anaclet C, Scammell TE, Saper CB, Arrigoni E, Fuller PM. Reassessing the role of histaminergic tuberomammillary neurons in arousal control. (2019) J Neurosci 39: 8929-8939. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1032-19.2019.

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