昆虫体内のミクロの共生系が世界を変える!?

【生物学科】土`田 努

昆虫と共生微生物

 現存する既知生物種の過半数を占める昆虫類は、実にさまざまな環境に適応し繁栄を遂げています。普通の動物では栄養にすることのできない枯れ葉や朽ち木を餌にシロアリは大きなコロニーを形成し、栄養バランスのきわめて偏った植物汁液だけを吸ってアブラムシやウンカは大増殖します。シラミやツェツェバエなど、世界中で問題となっている衛生害虫は、ビタミンBに乏しい脊椎動物の血液だけを生涯の餌にしています。これらの昆虫が、このような栄養価の乏しい餌に適応している秘密は、その体内にあります。多くの昆虫類では、消化器官や体腔内、さらには細胞内に特殊な代謝機能を持つ微生物が共生しています。この現象は“内部共生”と呼ばれ、共生微生物が栄養に乏しい餌から必須アミノ酸やビタミンを合成・供給することで、宿主(しゅくしゅ)である昆虫は生存・繁殖することができるのです。また共生微生物のなかには、昆虫の生存には必ずしも関わっていないものの、昆虫が自然環境に適応する上できわめて重要な役割を担っているものも多数存在します。今回のTopicsでは、私たちの研究室で行っている代表的な研究を紹介します。

昆虫の体色を変える共生細菌

 生物の体色や紋様は、婚姻色・隠蔽色・警告色・擬態といった、きわめて重要かつ多彩な役割を担っています。従来、これらの体色は生物自身の性質であると常識的に考えられてきました。そのような状況で、我々は、エンドウヒゲナガアブラムシAcyrthosiphon pisumの体色を赤色から 捕食者から逃れやすい緑色に変える細菌を発見し、Candidatus Rickettsiella viridisと命名しました(図1: 文献1, 2)。これは、体内に共生する微生物が、昆虫の体色という一見しただけで分かる性質を変え、さらには生態系での生物間相互作用にも影響を与えうることを世界で初めて示したものであり、従来の常識を覆す発見と言えます。

 現在我々は、本現象に関与する共生細菌側と宿主側、双方の分子機構の解明や、色素の化学分析に取り組んでいます。Rickettsiellaの感染により、3倍以上に増加する緑色色素の中には、抗腫瘍活性が報告されているものもあります。色素の生合成経路や活性化の機構を解明することで、生物遺伝資源としての活用も期待できます。

農業害虫タバココナジラミにおけるユニークな内部共生系

 様々な重要作物を食害し、植物病原ウイルスを媒介するタバココナジラミBemisia tabaciは、世界中で問題となっている害虫です(図2)。近年、植物病原ウイルスの媒介や、殺虫剤感受性、高温耐性等、タバココナジラミの農業害虫としての性質には、本種体内に棲息する共生細菌が大きく関わっていることが分かってきました(文献3)。我々は、国内の主要作物圃場を対象に大規模なサンプリングをおこなって、タバココナジラミの遺伝型と共生細菌感染状況を調査しました。その結果、タバココナジラミの遺伝型ごとに共生細菌の感染状況は明確に異なっており、両者に強い関連性があることが明らかになりました(文献4)。

 特に、世界中で分布を拡大している遺伝型(MEAM1、およびMED Q1)では、Portiera aleyrodidarumとHamiltonella defensaという2種類の共生細菌が、全個体に感染していることが判明しました。ゲノム解析の結果から、これらの共生細菌はタバココナジラミの餌に不足する栄養素を補う機能を担っていることが示唆されました。さらに、これらの2種共生細菌のタバココナジラミ体内における時空間動態をリアルタイムPCRや蛍光 in situハイブリダイゼーションを用いて解析した結果、2種細菌は同一の専用細胞(菌細胞)内で、小胞体を隔てて明確に異なる局在をとっており、Hamiltonellaは核側、Portieraは細胞質側に存在していることが明らかになりました(図2右)。一般に昆虫体内では、複数の細菌は別々の組織に存在することで、競争排除が回避され、安定的な共生系が成立しています。タバココナジラミに見られる細菌の“細胞内棲み分け”は、従来知られていなかった共存の形であり、共生系の進化を考える上で、大変興味深い事例であると言えます。

 我々の研究室では、昆虫と微生物の生物間相互作用によって作り出される“共生機能”の解明や、内部共生が生態系へ与える影響を解析し、生命原理についての深い理解を得ることを目指しています。共生という、全く異なる生物が 複雑かつ精密に絡み合う生命現象を理解するためには、様々な研究手法を有機的に組み合わせて解析を進める必要があります。基礎生物学的手法に加え、次世代シーケンサーによる大規模遺伝子解析や、in vivo エレクトロポレーションによる遺伝子機能解析(文献5)、イメージング解析、ケミカルバイオロジー解析等を用いて研究に勤しんでいます。

 農業・衛生害虫として知られる昆虫の中には、微生物を体内の共生器官に住まわせ、微生物の特殊な代謝機能に自身の生存を委ねてしまっているものも存在します。このような共生器官で働く分子は、害虫の生存に必須であり、特異性が高いことが期待されます。これを利用して、共生機能阻害を作用機序とする、これまでとは全く異なる害虫防除剤の開発が期待できます。私たちは、最重要害虫であるタバココナジラミや、マメ科植物の害虫エンドウヒゲナガアブラムシ(文献6)を対象に、新規害虫防除法の研究にも取り組んでいます。我々の共生研究にご興味をもたれた方は、是非、研究室HP (http://www3.u-toyama.ac.jp/symbiont/index.html)をご覧ください。

【参考文献】

  1. Tsuchida T., Koga R., Horikawa, M., Tsunoda, T., Maoka, T., Matsumoto, S., Simon, J.-C., Fukatsu T. (2010) “Symbiotic bacterium modifies aphid body color”, Science 330: 1102-1104.
  2. Tsuchida T., Koga R., Fujiwara A., Fukatsu T. (2014) “Phenotypic effect of Candidatus Rickettsiella viridis, a facultative symbiont of the pea aphid (Acyrthosiphon pisum), and its interaction with a coexisting symbiont”, Applied and Environmental Microbiology 80: 525-533.
  3. 藤原 亜希子、土`田 努(2014)“農業害虫タバココナジラミにおける共生細菌の重要性” 蚕糸・昆虫バイオテック 83: 209-217.
  4. Fujiwara A., Maekawa K., Tsuchida T. (2015) “Genetic groups and endosymbiotic microbiota of the Bemisia tabaci species complex in Japanese agricultural sites”, Journal of Applied Entomology 139: 55-66.
  5. Sugimoto TN, Tsuchida T. (2015) “Simple electroporation device for gene functional analyses in insects” Applied Entomology and Zoology, in press.
  6. 土`田 努, 中鉢 淳 (2012) “日本アブラムシ研究会による取り組み: ケミカルバイオロジー的手法による機能未知遺伝子の解析”アブラムシ研究会ニュースレター 2: 1 (https://sites.google.com/site/jsabweb/news/nyusuretadi2haofaxing).
図2
図1:(A)アブラムシ体内に存在する必須共生細菌Buchnera aphidicola(紫)と共生細菌Rickettsiella viridis (緑)。Rickettsiellaの感染は、赤色のアブラムシ(B)を緑色に変える(C-E)。Rickettsiellaの系統によっても緑色化の程度は異なり(CおよびD)、Rickettsiellaが 別の共生細菌Hamiltonell defensaと共感染した場合には濃い緑色へと変化する(E)。
図2
図2: (左)農業害虫タバココナジラミ、(右)タバココナジラミ体内の共生専用細胞(菌細胞)内に生息するPortiera赤色)とHamiltonella緑色)
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