寄生植物を介して異種の植物に遺伝子産物を輸送する
- 遺伝子導入によらない形質改変への新しいアプローチ

【生物学科】若杉 達也

 植物は、維管束組織を通して、植物体全体に水や養分を行きわたらせている。維管束組織のうち、道管は根から地上部へ水を輸送し、師管は葉などで作られた糖類を根や成長部分に輸送している。近年の研究から、師管の中を移動するのは糖類などの栄養分だけでなく、タンパク質やRNAといった遺伝子産物も輸送されていることが明らかとなっている。師管内を輸送される遺伝子産物の中には、花芽形成を引き起こす花成誘導物質(フロリゲン)や遺伝子抑制シグナルとしてはたらく低分子量RNA(siRNA)など、植物の成長や形質に影響を与えるタンパク質やRNAが含まれている。これらの遺伝子産物を、師管を通して種が異なる植物に輸送することができれば、その植物の成長や形質を変化させることができるのではないかと、われわれは考えている。

 目的の遺伝子産物を作っている植物から標的の異種植物へと師管を通して輸送するためには、異種の植物間で師管を連結する必要がある。異種植物を連結する方法として、接ぎ木が古くから知られている。フロリゲンやsiRNAが接ぎ木によって連結された植物へ移動することも明らかとなっている。しかし、接ぎ木は、同種あるいは近縁種の間でしかうまくいかない。そのため、分類学的に離れた植物でも連結できるようにすることが必要である。このような技術的問題をクリアーするために、われわれは、寄生植物のネナシカズラを利用することとした。

 ネナシカズラは、アサガオに近縁なツル状の寄生植物で、その名のとおり根がなく、葉も退化している。宿主植物の茎に巻きつき、寄生根という器官を挿入し、寄生根を通して宿主植物から水分や養分を吸収して生育する(図1、2)。ネナシカズラは、宿主の選択において種特異性がほとんどなく、物理刺激(遠赤色光+接触刺激)あるいは植物ホルモン(サイトカイニン)によって処理すれば、いかなる宿主に対しても寄生を誘導できることを、われわれは明らかにしている。さらに異種植物どうしをネナシカズラで連結する実験系も開発済みである。ネナシカズラによって連結された植物の間で、師管を通した物質の移動があることはすでに報告されているので、ネナシカズラを介して師管を連結した植物間では、遺伝子産物が輸送されうると考えられる。

 現在、われわれは、フロリゲンやsiRNAを合成する植物を作成し、ネナシカズラを介して異種の植物と連結する実験をすすめている(図3)。この実験を通して、目的の遺伝子産物が標的となる植物に対して作用し、その形質を変化させるかどうかを明らかにしたいと考えている。

 寄生植物を介して遺伝子産物(RNA、タンパク質)を輸送する系が確立されれば、遺伝子導入が困難な有用植物(ゴマ、ダイズなど)や生育に時間がかかる木本植物に対しても、ネナシカズラを介してmRNA、タンパク質あるいは遺伝子抑制シグナル(siRNA)を輸送することにより遺伝子の過剰発現や遺伝子抑制を引き起こすことが可能となる。この系は、したがって、遺伝子導入によらずに遺伝子の機能検定や形質の改変ができる道を切り開くので、応用的にも大きな価値があるものと予想される。

図1
図1 エンドウに寄生したネナシカズラ
エンドウの茎に巻き付き、養分を吸収して太く成長し始めたネナシカズラ
図2
図2 エンドウからネナシカズラへの水分の吸収 ネナシカズラが寄生したエンドウに赤インクを吸わせたのち、寄生部分を切断した断面。 中央の赤い円形の部分がエンドウの茎の横断面で、その周りが巻き付いたネナシカズラの茎の柔断面、円弧を描く赤い線状の部分が、赤インクを吸収したネナシカズラの維管束。2か所の連結部分を通してエンドウからネナシカズラへと赤インクが移動しているのがわかる。
図3
図3 ネナシカズラを介して異種植物に遺伝子産物を輸送する系
左の植物と右の植物にネナシカズラを寄生させ、両者をネナシカズラによって連結し、
左の植物から右の植物へ遺伝子産物を輸送する(赤矢印の方向に輸送)。
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