教員と研究テーマ

森岡 絵里 講師

ショウジョウバエを用いた体内時計研究

バイオイメージング手法などを用いて,ショウジョウバエの概日リズムの神経生理学的メカニズムを研究しています.

 私たちヒトを含め,生物は体内に概日時計(体内時計)を持っており,24時間周期で自転する地球環境に適応しています.2017年のノーベル賞研究により,概日時計が約24時間で時を刻む仕組みとして,「時計遺伝子」が根源的な振動を作り出すことが明らかにされています.一方で,時計遺伝子の分子振動が,実際にどのように細胞の活動リズムや動物個体の行動リズムを作り出すのかについては,多くの謎が残されています.

 森岡研究室では,時計遺伝子が最初に発見されたモデル生物であるショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を主な実験材料として,個体レベルの行動リズム解析から,蛍光・発光を指標としたバイオイメージング手法や電気生理学的手法を用いた細胞レベルの生理学的解析まで,様々な手法を駆使して,この謎の解明に挑んでいます.

なぜ「ショウジョウバエ」なのか

 人工光にあふれる現代社会は,24時間化が進み,ヒトにとって便利な環境ですが,一方で,概日リズム(サーカディアンリズム)に乱れが生じやすい環境と言われています.実際,今日の不眠症の増加は,脱同調した体内時計がその一因となっていると考えられます.概日時計の調節機構が細胞・分子レベルで解明されれば,こうした問題を解決するための治療や創薬にも結び付くはずです.哺乳動物を使った研究は重要でありますが,研究開発を加速化させるモデルとして,相同性の高い時計遺伝子を持つショウジョウバエは有効なツールとして注目されています.

 体長2-3ミリの小さなショウジョウバエは,数十~数百個体の行動リズムを小スペースで容易に記録することができます.ストックセンターの膨大な発現ドライバー系統やノックダウン系統などから任意の系統を入手し,行動学的スクリーニングを行うと,行動リズムに異常をきたす遺伝子(=概日リズム調節に関わる因子)を効率的に探し出すことができます.

 こうして見出した遺伝子が,ショウジョウバエのみならず,哺乳類の概日リズム制御に関与するかどうかがポイントとなりますが,森岡研究室では,より単純な株化モデル細胞や高次なげっ歯類などの実験モデルを用いて研究を行っている,富山大学理学部生物学科の池田真行教授との共同研究により,普遍的な概日リズム調節機構の解明に取り組んでいます.

種を超えて共通する中枢時計ニューロンの生理学的性質

 哺乳動物では,片側およそ1万個の神経細胞集団からなる視床下部視交叉上核(SCN)が中枢時計として知られており,これまでにSCNニューロンの生理学的解析が盛んに行われてきました.これに対し,ショウジョウバエの脳には~200個の時計ニューロンがあり,そのうち片側わずか8個の神経細胞群が,活動リズムを司る中枢時計とされています.しかし,その個体サイズの小ささや培養技術の困難さから,生理学的解析はあまり行われていませんでした.

 森岡研究室では,ショウジョウバエの組織培養を用いたバイオイメージングを行い,ショウジョウバエの時計ニューロンの生理学的解析に取り組んでいます.とくに,蛍光タンパク質センサーを用いた細胞内イオン濃度リズムに着目し,生物種を超えて共通する時計中枢の生理学的な性質はあるのか,研究を進めています.

細胞内イオン濃度リズムを制御する因子

 哺乳類の時計中枢ニューロンには,約24時間の細胞内Ca2+濃度リズムが存在します.森岡研究室では,ショウジョウバエの中枢時計ニューロンのCa2+リズムの検出を試み,予想外に,ショウジョウバエでは,Ca2+ではなく細胞内H+濃度(pH)が大きく変化していることを明らかにしました.また,様々な遺伝子変異体を用いて,このイオン濃度リズムの震源を解析したところ,ミトコンドリア内膜に発現する陽イオン輸送体(LETM1)のノックダウンにより,リズムが抑制されることを突き止めました.

 さらに,哺乳類由来のモデル細胞や,ラットの中枢時計ニューロンも用いて,ミトコンドリア陽イオン輸送体(LETM1)のノックダウンが概日リズムに及ぼす影響を及ぼすかを調べることにより,ショウジョウバエだけでなく,ラットの中枢時計ニューロンにおいても,細胞内Ca2+や時計遺伝子の振動が変調していることが観察され,LETM1が時計遺伝子リズムや細胞内イオン濃度リズムの形成に不可欠であることを明らかにしました.

 現在,このミトコンドリア陽イオン輸送体(LETM1)が概日リズムの形成にどのような役割を果たしているのかについて,さらなる研究を展開しています.

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