教員と研究テーマ

藤原 素子 助教

素粒子理論、およびその宇宙論への応用

私の専門は「素粒子理論、およびその宇宙論への応用」です。素粒子、宇宙と言った文言はみなさんにとってあまり馴染みのない言葉かと思います。頭に「?」がたくさん浮かんだ方もいらっしゃるのではないでしょうか。一つずつ簡単に説明していきたいと思います。
1. 素粒子物理学とは

 まず、「素粒子」とはなんでしょうか。一言で言うと、「物質をバラバラにして行った時、それ以上分割できない最小単位」のことをいいます。例えば、電子や、光の粒子描像である光子は、これらは現状これ以上分割できないと考えられており、素粒子に分類されます。一方、素粒子だと思われていた物質が、その後さらに分割できるより小さな基本単位が発見され、素粒子ではないとわかった例もあります。原子核、核子、クォークと、実験と理論の両輪を合わせた研究によって、物質の究極的にミクロな描像は常に刷新され続けてきました。

2. 素粒子標準模型

 現在認知されている素粒子について、それらの相互作用を記述する理論は「素粒子標準模型」と呼ばれています。これらの素粒子は「量子数」とよばれる物理量で分類されています。粒子の質量、スピン、電荷などが例として挙げられます。標準模型粒子の相互作用は「対称性」によって決められており、そこからどんな現象が予言されるか理論的に計算することができます。そして、その予言は実験的にあっているか間違っているか、検証することができます。実際に、フランスとスイスの国境に位置する Large Hadron Collider というコライダー実験では、陽子と陽子を高エネルギーで衝突させて素粒子標準模型の検証を行っています。衝突の結果できた粒子のエネルギーや角度分布を測定することで、衝突時にどんな粒子過程が起こったかを解析するのです。現状の解析結果は、理論の予言と非常に精度良く一致しており、コライダー実験で検証できるエネルギースケールでは、素粒子標準模型はすでに確立されていると言えます。

3. 素粒子宇宙論

 それでは、よりエネルギースケールの高い素粒子現象を研究するためにはどうすれば良いでしょうか。一つのアプローチは、「初期宇宙を研究すること」です。唐突に宇宙というキーワードが出てきましたが、これは以下のように理解できます。
 現代的な宇宙の理解に基づくと、宇宙は非常に体積の小さい状態から始まり、膨張する過程で宇宙の温度は低下し、エネルギーはどんどん低くなっていったと考えられています。逆に、時間を巻き戻していけば行くほど、宇宙は高温・高エネルギーであったことが示唆されます。素粒子の持つ物質のミクロな性質は、エネルギーを与えることによってより顕著になっていきます。よって、超高温・超高エネルギーの初期宇宙の環境は素粒子物理学の最良の実験場とも言えるのです。
 ここで、宇宙現象をお鍋に見立ててみましょう。「時空間」を容れ物と見立て、その中に入った「素粒子」を材料と見立てるのです。実は、物理系の時間発展を数学的に記述する方程式を導出することができ、宇宙が過去どんな姿であったか、宇宙がこれからどんな姿になるのか計算することができます。こうした素粒子のミクロな性質を宇宙のマクロな現象を使って解き明かす学問分野は「素粒子宇宙論」と呼ばれています。

4. 暗黒物質

 せっかくここまでお話ししてきたので、私の専門についてもう少し踏み込んでご説明します。先ほど、宇宙現象をお鍋に見立てて説明しました。それではお鍋にどれくらいの材料を入れればいいのでしょうか。これも、初期宇宙の物理量を観測することで推定することができます。例えば、宇宙が晴れ上がり、光がまっすぐ進めるようになった直後の光(=宇宙マイクロ波背景放射)のスペクトルを観測すると、宇宙のエネルギー密度の比率を決めることができます。この観測によると、驚くべきことがわかります。私たちが現状、物質をミクロに記述する理論だと思っている素粒子標準模型の粒子たちは、宇宙に存在する物質の約15%でしかないというのです。
 それでは残りの大半の物質はなんなのでしょうか。正体不明のこの物質は「暗黒物質」と呼ばれています。この謎の物質が存在しないと、銀河の渦巻き型の構造も実現されず、宇宙は今とは全く異なる姿になっていたと考えられています。暗黒物質の特徴は、以下のようにまとめられます。

 - 光らない物質であること
 - 安定、または宇宙年齢に比べて長寿命であること
 - 宇宙の構造形成時に、物質として振る舞うこと

たったこれだけの条件ですが、私たちのよく知る素粒子標準模型に属する粒子たちは満たすことができません。暗黒物質の正体は何か、と言う問いは素粒子・宇宙・天文物理学など幅広い分野にまたがる壮大なミステリーであると言えます。
 暗黒物質の物理は、情報が少ないためいろんな仮説が存在します。私自身は、素粒子論的な立場から暗黒物質を研究しています。このアプローチでは暗黒物質は未知の素粒子であると仮定します。この研究の方向性の一つの目標は、「暗黒物質の量子数の決定」です。つまり、暗黒物質の質量・スピン・相互作用電荷を決定することを意味します。暗黒物質を含めた包括的な枠組みで物質の相互作用理論を完成させ、そこからどんな自然現象が帰結されるのか明らかにしたい。これが私の究極的な研究目標です。

5. 富山大学 理論物理学研究室

 暗黒物質の正体解明に挑むには、素粒子標準模型を確立してきたように、実験と理論の両輪を組み合わせた研究が欠かせません。暗黒物質理論の模型を構築し、その予言を実験・観測データを用いて検証し、自然を記述する理論は何なのか可能性を尽くしていきます。こうしたアプローチのことを「素粒子現象論的研究」といいます。
 富山大学の理論物理学研究室では、この素粒子現象論的アプローチを用いて、暗黒物質をはじめとする素粒子標準模型に残された問題の解明に挑んでいます。宇宙素粒子実験研究室と共同でゼミを行ったり、実験と合同の研究会を主催したり、素粒子実験・観測の研究者とも密接に連携して研究を進めていきます。興味のある方は、当研究室のホームページもぜひご覧ください。
 

図: 暗黒物質の現象論的研究の概念図。理論予言を理論のパラメータ空間で特徴づけ、各種実験結果を用いて検証していく。

参考リンク

理論物理学研究室

宇宙素粒子実験研究室

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