流れを知る方法と様々な微分方程式

【数理情報学プログラム】古川 賢

 春になると松川など桜の名所を訪れる方が多いかと思う.桜の花びらが川に落ち流れていくが,川の側面に多くの花びらが留まっている様子が観察できる.これはディリクレ境界条件と呼ばれる川をはじめとする流体に課される物理法則に由来する.物理現象の多くは,微分方程式と呼ばれる微分を含む方程式で記述される法則によって支配されている.初期条件と境界条件を適切に課すことで方程式が解け,対象とする物理現象を正確に理解することが可能となる.川の流れはナヴィエ・ストークス方程式と呼ばれる微分方程式によって決定される.

\[ \begin{align} \frac{\partial u}{\partial t} &= -(u \cdot \nabla)u + \Delta u - \nabla p, \\ \operatorname{div} u &= 0. \end{align} \]

 詳しい説明は流体力学の専門書にゆずるが,ナヴィエ・ストークス方程式は流体の運動量保存則(第1式) と質量保存則(第2式) から成り立っている.

\[ u(x_1,x_2,x_3,t) = \bigl( u_1(x_1,x_2,x_3,t), u_2(x_1,x_2,x_3,t), u_3(x_1,x_2,x_3,t) \bigr) \]

は3次元流速場,\( p(x_1,x_2,x_3,t) \) は圧力場である.ある時刻\( t\)における川のある地点\( (x_1,x_2,x_3) \)での流れの向きと大きさ(ベクトル) が\( u(x_1,x_2,x_3,t) \) で表されている.流れを定量的に知りたければ,ナヴィエ・ストークス方程式を解けば良い.人間社会における重要な流体は,水と空気である.特に,大気の状態は地上の生活に影響が大きいため,天気予報は多くの人の関心が向けられている.大気も流体であるから,明日の天気を予測したければ,ナヴィエ・ストークス方程式を解くことでそれができる.後述するデータ同化という天気予報で用いられている予測手法を用いると,以下の図のように観測値とナヴィエ・ストークス方程式を用いて状態推定ができる(Fig.1).

図1
Figure1: 2次元ナヴィエ・ストークス方程式の予測.左列が真の流速場の様子(true),中列がその観測値(observation).右列が観測を用いた推定値(DA) である.\( u \) と \( v \) はそれぞれ流速場の水平成分と鉛直成分を表す.初期時刻\( t = 0.0 \)では無関係の流速場から始めたが,データ同化を繰り返すことにより,\( t = 10.0 \)では真の流速場と推定値が近くなっていることが観察できる.

 数学と流体の関係について簡単に説明する.高校の数学と物理学には流体力学は含まれないから,流体力学と数学の関係性がピンとこない方も多いと思うが,実は古くから関係があり,18世紀のオイラーの時代にはすでに研究されている.ナヴィエ・ストークス方程式の第1式の右辺から粘性項\( -\Delta u \)を消した式は,オイラー方程式と呼ばれている.

\[ \begin{align} \frac{\partial u}{\partial t} &= -(u \cdot \nabla)u - \nabla p, \\ \operatorname{div} u &= 0. \end{align} \]

 粘性とは流体同士の摩擦のことである.この摩擦がない流体は理想流体と呼ばれており,オイラー方程式は理想流体の運動を記述している.昔は,複素関数論を用いて2次元のオイラー方程式を研究していたようで,それはそれでうまくいっていたようである.ただ,水のような身の回りの流体は粘性を持っていることから,粘性について考慮されているナヴィエ・ストークス方程式を調べる必要があった.しかし,今度は粘性項の存在によって,オイラー方程式でうまくいっていた複素関数論は使えない.1934年にルレイによってナヴィエ・ストークス方程式の弱い意味での解が構成されている[1].これは粘性項\( -\Delta u \)に由来するエネルギーと呼ばれる積分量

\[ \sum_{i=1,2,3}^{} \left( \frac{1}{2} \int u_i(x_1,x_2,x_3,t)^2 \,dx_1dx_2dx_3 + \int \!\!\int |\nabla u_i(x_1,x_2,x_3,t)|^2 \,dx_1dx_2dx_3dt \right) \]

をうまく利用している.現在では,オイラー方程式であってもナヴィエ・ストークス方程式であっても,方程式に何らかの積分を施すことで得られる量を基に数学的な研究がなされている.
 クレイ研究所のミレニアム問題というものを耳にしたことがある方がいるかと思う.これは七つの未解決問題から成っており,そのうち一つは解決済みである.残りの六つの問題の一つに,3次元ナヴィエ・ストークス方程式の時間大域解の一意性が挙げられている.誤解を恐れずにいうと,微分や積分するにあたって全く支障がないような初期流速場に対してナヴィエ・ストークス方程式の解があらゆる時刻にわたってただ一つだけ存在し続けられるかという問題である.ここで重要なことは,初期流速場に関する制限はないということであり,つまり,いくらでも早い流れでも良いということである.数学におけるいくらでもというのは本当にいくらでもということで,例えば,地球上ではマッハ1の風は吹かないからマッハ1の初期速度場は物理的に意味がないという当たり前の主張があったとして,数学ではそんなことはお構いなしに考慮に入れる.2次元の場合は,ミレニアム問題に相当する問題は解決している.では3次元では何が難しいのかというと,荒く言えば,渦のバリエーションが2次元に比べて3次元だと格段に多いことである.渦をコントロールするには流速場\( u(x_1,x_2,x_3,t) \) を空間微分した導関数を評価すれば良いのであるが,早い流れだとこれが現状できないため,ナヴィエ・ストークス方程式のミレニアム問題は未解決なのである.数学がダメならコンピュータを使って数値シミュレーションすればいいのではないかと思われる方もいると思う.もちろん,数値シミュレーションをすると流れを可視化できるし良いことだらけなのであるが,渦が複雑な早い流れ(レイノルズ数が小さい) を数値シミュレーションで正確に知ることはやはり難しいのが現状である.
 ナヴィエ・ストークス方程式を解くのが難しいのであれば,天気予報はできないのかということになるが,天気予報ではナヴィエ・ストークス方程式より性質が良い方程式が用いられている.

\[ \begin{align} \frac{\partial u_1}{\partial t} &= -(u \cdot \nabla)u_1 + \Delta u_1 - \frac{\partial p}{\partial x_1}, \\ \frac{\partial u_2}{\partial t} &= -(u \cdot \nabla)u_2 + \Delta u_2 - \frac{\partial p}{\partial x_2}, \\ \frac{\partial p}{\partial x_3} &= 0, \\ \operatorname{div} u &= 0. \end{align} \]

 この方程式は3次元プリミティブ方程式と呼ばれる.詳しくは地球流体力学の専門書に譲るが,重要なことは,この方程式によって記述される流れは,鉛直\( (x_3) \) 方向には圧力は変化せず,大きい流れは2次元的ということである.したがって,プリミティブ方程式は2次元の流れのような性質を持ち,実は,3次元ナヴィエ・ストークス方程式のミレニアム問題に相当する問題が解決済みである.また,この方程式は計算資源の観点から数値シミュレーションと非常に相性が良い.大気をはじめとする地球上の大きなスケールの流れというのは鉛直スケールより水平スケールの方が遥かに大きいから,状況は同じである.実際,プリミティブ方程式を解くことによって,ナヴィエ・ストークス方程式と同様に大気の流れが得られる.
 プリミティブ方程式を解けば天気予報ができるのであるが,初期状態をどのように知るかという問題が残っている.しかも,流体の偏微分方程式は初期値の誤差が時間とともに指数関数的に増大するというカオス性を持っていることから,初期値は完全なものが要求される.残念ながらそれは無理な要求であり,完全な初期状態を知ることはできない.そこで,天気予報では,データ同化と呼ばれる手法が用いられており,観測データとプリミティブ方程式(をさらに複雑にした方程式系) から予測が行われている.誤解を恐れずにいうと,データ同化は,観測データに含まれる間違っている部分を補正して「良い」初期値を作り,それを元に方程式を解くことで予測を作るというものである.この補正の仕方にもいろいろな種類があり,ナッジング,カルマンフィルタ,粒子フィルタなど様々な種類があるので,興味がある方は,これらのキーワードを調べてみると面白いかもしれない.筆者も天気予報に関わる研究を行なっている.最近,プリミティブ方程式によって支配されるようなあらゆる流れは,データ同化を用いると予測することができるという数学的な結果を得た[2].

References
  1. J. Leray,Sur le mouvement d’un liquide visqueux emplissant l’espace,Acta Math. 63 (1934), no. 1, 193–248.
  2. K. Furukawa,Data assimilation for the primitive equations in H2,Nonlinearity 38 (2025), no. 7, Paper No. 075020, 32 pp.
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