教員と研究テーマ

前川 清人 准教授

社会性昆虫の進化生物学

一部の昆虫類でみられる高度な社会性の進化過程や維持機構を研究しています。

繁殖上の個体間の分業(繁殖個体と不妊個体が存在する)をもつ社会性動物のうち、他を圧倒する種数を誇るのはシロアリとアリ・ハチです。彼らの高度な社会システムは、まるで1つの生命体(superorganism 超個体ともよばれる)のように見えます。この社会システムは、一体どのように進化し、維持されているのでしょうか?コロニーの中には形態や役割の異なる様々な形態多型(カースト)が存在し、それぞれが異なる仕事に従事しています。彼らは、遺伝的にほぼ同一の兄弟姉妹ですが、発生の過程で別々のカーストに分化します。つまり社会性昆虫がもつゲノム(=ソシオゲノム)には、複数のカーストの設計図だけでなく、各カーストが協調して超個体を作り上げる設計図をも織り込まれています。前川研究室では、異なる系統に属する複数種のシロアリを主材料とし、系統学・生態学・ゲノミクス・発生学・形態学などの多様な手法を用いて、昆虫類の高度な社会性が進化・維持されてきた要因を解明することを大きな目標としています。

シロアリは高度な社会性をもつゴキブリである

 近年の系統学的な解析の結果,シロアリが「高度な社会性をもつゴキブリ」であることはほぼ確定しています。シロアリに最も近縁な現生のゴキブリは,キゴキブリとよばれる朽ち木に住むゴキブリです。キゴキブリは,親による保護行動を示す家族性のゴキブリで,腸内にセルロース分解性の原生動物を保有するなど,シロアリとよく似た生態を持っています。しかし,家族内に不妊の個体が出現することはありません。

 祖先を共有するシロアリとキゴキブリの社会性に見られる決定的な違い(不妊の個体が存在するか否か)は,一体何が原因で生じるのでしょうか。シロアリには,キゴキブリにはない特殊な脱皮を調節するしくみがありそうです。当研究室では,ゲノム情報を活用したさまざまなレベルの解析を通して,この謎の解明に挑んでいます。

シロアリのコロニーの発達とカーストの分化

 莫大な個体数からなるコロニーも,最初は女王と王のペアから開始されます。つまりシロアリの社会性は,キゴキブリと同様に,一夫一妻制の家族構造が基盤になっています。個体同士は頻繁に栄養のやり取りなどを行い,密に相互作用しています。

 出来たばかりのシロアリのコロニーには,女王と王の他に,多くのワーカーと1個体の兵隊が観察されます。兵隊は,ワーカーから2度の脱皮を経て分化しますが,いったん兵隊になるとそれ以降は決して脱皮をせず,もっぱらコロニーの防衛に専念します。非常に特殊な形をもつ兵隊への分化は,一体どのように決められているのでしょうか。特有の環境要因によって,特異的な遺伝子の発現が引き起こされると考えられますが,大部分は未だ未解明です。さまざまな発達段階のコロニーを用いて,この謎の解明に取り組んでいます。

シロアリのカーストがもつ特殊な形態

 それぞれのカーストは,役割に応じた特殊な形をしています。不妊カーストであるワーカーや兵隊は,発生が途中で停止した状態にあり,複眼や翅,生殖腺など,昆虫の成虫が通常もっている器官の発達は抑制されています。

 特に兵隊は,種ごとに多様な形をしており,頭部には特殊な武器を観察することができます。例えば,コロニーへの侵入者に対して,巨大な大顎で噛み付いたり,弾き飛ばしたりする兵隊をもつ種がいます。また,頭部で作られる特殊な化学物質を,ブラシ状の突起物で外敵に塗りつけたり,頭部に形成される噴射装置の先端から飛ばしたりする兵隊もいます。さまざまな種のカースト分化に注目し,このような特殊な形が作られるしくみを解析しています。

研究紹介動画

研究トピックス

シロアリの社会性の進化には一夫一妻制が必要だったのか?

 繁殖活動を含む明確な個体間の分業が見られる社会性(真社会性eusocialityとよばれる)は,いくつかの動物で獲得されています。真社会性をもつ動物の代表例は,アリやハチ,シロアリです。彼らは,熱帯地方を中心に世界中に分布しており,非常に成功したグループであると言えます。自分自身は子供を残さず,利他的にふるまう不妊の個体(ワーカーや兵隊)がどのように進化したのかは,生物学的に非常に興味深い問題です。

 アリとハチは系統的に近く,分類学上は同じグループ(ハチ目)に属します。種間の系統解析の結果に基づいて,ハチ目で見られる真社会性の進化には,厳密な一夫一妻制(メス親とオス親の単回交尾)が必要だったのではないかと考えられています(文献1)。ただしハチ目は,すべての種が真社会性を示すわけではなく,基本的に単独で生活するグループも多く含まれています。先ほどの解析には,それらの単独性グループが含まれていないため,祖先群がどのような繁殖をしていたのかを議論することはできません。一方,アリやハチとは系統的に遠く離れたシロアリは,すべての種が真社会性を(おそらく厳密な一夫一妻制も)もっています。シロアリの真社会性は,アリやハチより5千万年も早く獲得されたと言われていますが,その進化にも厳密な一夫一妻制の社会形態(genetic monogamy)が必要だったのでしょうか?この共通性を議論する上で,シロアリに最も近い別の昆虫の情報は重要です。

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前川 清人 准教授

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