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シロアリの社会性の進化には一夫一妻制が必要だったのか?

【生物学科】2021年3月

 繁殖活動を含む明確な個体間の分業が見られる社会性(真社会性eusocialityとよばれる)は,いくつかの動物で獲得されています。真社会性をもつ動物の代表例は,アリやハチ,シロアリです。彼らは,熱帯地方を中心に世界中に分布しており,非常に成功したグループであると言えます。自分自身は子供を残さず,利他的にふるまう不妊の個体(ワーカーや兵隊)がどのように進化したのかは,生物学的に非常に興味深い問題です。

 アリとハチは系統的に近く,分類学上は同じグループ(ハチ目)に属します。種間の系統解析の結果に基づいて,ハチ目で見られる真社会性の進化には,厳密な一夫一妻制(メス親とオス親の単回交尾)が必要だったのではないかと考えられています(文献1)。ただしハチ目は,すべての種が真社会性を示すわけではなく,基本的に単独で生活するグループも多く含まれています。先ほどの解析には,それらの単独性グループが含まれていないため,祖先群がどのような繁殖をしていたのかを議論することはできません。一方,アリやハチとは系統的に遠く離れたシロアリは,すべての種が真社会性を(おそらく厳密な一夫一妻制も)もっています。シロアリの真社会性は,アリやハチより5千万年も早く獲得されたと言われていますが,その進化にも厳密な一夫一妻制の社会形態(genetic monogamy)が必要だったのでしょうか?この共通性を議論する上で,シロアリに最も近い別の昆虫の情報は重要です。

 シロアリや近縁群の系統解析はこれまで精力的に行われ,シロアリが「真社会性をもつゴキブリ」であることはほぼ確定しています。シロアリに最も近縁な現生のゴキブリは,アジアと北米に分布するキゴキブリ(Cryptocercus属)です(図1)。キゴキブリは,比較的標高の高い森林に生息し,腐朽した材の中にトンネルを掘って巣を作り,その材木を食べて生活しています。親虫が繁殖するのは羽化後の一度だけで,その後は子虫が成長するまで両親が数年間も育児(給餌や外敵からの保護)をすることが知られています。つまり,昆虫では稀な例ですが,非常に長く続く一夫一妻制の社会形態をもつことになります。しかし,キゴキブリの家族には不妊の個体は存在しません。キゴキブリで真社会性が進化しなかったのは,彼らの社会形態が厳密な一夫一妻制ではなかったからなのでしょうか。

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図1. キゴキブリの系統的な位置と雌雄の成虫ペア。(A) 現在ひろく認識されているシロアリと近縁群の系統関係。現生のシロアリに最も近縁なゴキブリはキゴキブリである。(B) キゴキブリCryptocercus punctulatusの成虫ペア。成虫には翅はなく,朽ちた木を餌とする木材穿孔性の昆虫である。スケールバーは1 cmを示す。

 それを確かめるには,家族内の親子間の血縁関係を調べる必要があります。そこで,共同研究者と協力し,北米産キゴキブリの親子判定が可能な遺伝マーカー(マイクロサテライトマーカー)を開発しました(文献2)。開発したマーカーを用いて,採集された家族ごとにDNAを解析して親子判定を試みました。その結果,多くの家族で,同居するオス親と血縁関係にない子虫が存在することが分かりました(図2A)。繁殖する直前の成虫ペアを採集し,メス親の受精嚢(交尾後に精子を貯蔵する器官)のDNAを調べると,同居するオス親とは異なる対立遺伝子が検出された例も見つかりました(図2B)。さらに,オス親を入れ替えるなどの人為的な処理をした家族を解析した結果,オス親は交尾を繰り返すことで自分の子虫の割合を増加させることができることが分かりました。ただし,メス親が受精嚢の精子を保持しているために,別のオスの子虫を世話するオス親がいることが確かめられました。以上より,キゴキブリは厳密な一夫一妻制ではない社会形態(social but not genetic monogamy)をもつことが判明しました。

図1

図2. マイクロサテライトマーカーを用いた解析結果の一例。各ピークの上にある数字は,それぞれの対立遺伝子の配列長を示す。(A) 同一家族内の解析例。子虫bから抽出したDNAには,両親とは異なる対立遺伝子(赤)が検出されている。 (B) 成虫ペアとメスの受精嚢の解析例。受精嚢から抽出したDNAには,両親とは異なる対立遺伝子(赤)が検出されている。なお,受精嚢にある2つのローブ構造(矢印)は別々に解析したが,ローブ間での明確な違いは見つかっていない。

 この結果は,厳密な一夫一妻制が,キゴキブリとシロアリの分岐後にシロアリの祖先でだけ獲得され,それがシロアリの真社会性の進化を促したのではないか,ということを示唆します。ただし,シロアリの真社会性の進化には,厳密な一夫一妻制は必ずしも必要でなかった可能性もあるため,さらに解析対象を広げて調査する必要があります。真社会性の進化を正確に理解するためには,ここで紹介したようなアプローチだけでなく,不妊個体を作り出す分子・発生・生理的なしくみなどの至近要因の解析(文献3)も進め,得られた結果を統合することが重要であると考えています。

【参考文献】

  1. Hughes WO, Oldroyd BP, Beekman M & Ratnieks FL (2008) Science, 320: 213-1216.
  2. Yaguchi H, Hayashi Y, Tohoku T, Nalepa CA & Maekawa K (2017) Insect Science, 24: 522-526.
  3. Miura T & Maekawa K (2020) Evolution & Development, 22: 425-437.

(生物学科 前川 清人)