日本数学会理事会


 ニュートン力学は微分・積分学を使って記述され、量子力学はヒルベルト空間上の 作用素と確率の概念を使って表現される。このように、数学は自然科学を記述するため の言葉として至る所で使われている。また、19 世紀後半に作られたリーマン幾何学が 20 世紀の始めに相対性理論に使われ、20 世紀の始めに数学の基礎を確立するために築 かれた数学基礎論が情報科学の基礎になっているように、科学に必要な概念は、数学の 世界において時代に先駆けて用意されることが多い。現代社会においても、コンピュー ター通信の安全を保障するために代数学の理論が使われ、デリバティブを始めとする ファイナンスの理論に確率論が使われている。
 さて、自然数全体のなす集合すら現実の世界の中には存在しないように、数学の世 界は現実の世界を抽象化・理想化して得られるバーチャルな概念上の世界である。数学 の世界では幾つかの公理や定義から論理を使って結果を導くが、どの公理や定義を取る かにより、現実に非常に役立つ概念が得られることも、役に立たない異常な概念が得ら れることもある。実験を伴わない数学が人間社会に役立つのは、先人の研究を参考にし ながら、数学者が実社会で役立つ公理や概念を選択しているからである。
 数学者が自分の持っている数学的世界を他の数学者に伝える手段としては、直接 話すか、それとも雑誌や論文集などに論文を書くかの2 手段がある。しかし、自分と 同じ問題を考えている数学者に偶然により出会うことは稀であり、殆んどの場合、数学 の発見や進歩は、問題意識を持った数学者が他の人が雑誌に発表した論文を読み、他の 数学者がどう考えているかを知ることにより得られる。
 数学の論文では、その論文で証明された結果のみではなく、理論を構成して行く 過程や証明方法にも価値があり、ある定理の証明を分析して新しい結果を得ることが 非常に多い。また、あるとき証明された数学の定理は永久に正しく、そのため、数学の 論文は長くその価値を持ち続け、100 年以上前の論文から引用することも稀ではない。
 このように数学の雑誌は、個々の数学者が作り上げた数学の世界を永遠に保存し、 他の数学者に伝える役割を持っており、数学の研究では雑誌の重要性が非常に高い。 このため、数学者は必要な雑誌を手に入れるために最大限の努力をしており、数学者が 数学の雑誌に触れられなくなれば、その数学者の研究に致命的なダメージが生じる。 今後、電子ジャーナル化など雑誌の発行形態の変更はあり得るだろうが、研究成果を 発表する雑誌の重要性が低下することは考え難い。
 数学はその学問としての性格により、他の研究分野より雑誌を必要とする度合いが 高い。数学における文献の重要性は、実験科学における実験器具の重要性に相当する とも言える。

最近日本において、雑誌価格の高騰や各大学における共通経費の増加に より、数学の雑誌の購入が難しくなってきているが、自然科学の基礎である数学の研究 レベルを高く保ち、ひいては科学と文化のレベルを高く保つためには、数学者が雑誌に 触れられる環境は守らねばならない。

このために数学者自身が努力することは当然であ るが、当事者の努力のみでは限界があり、関係者の理解と支持を求めたい。