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  富山大学 > 理学部・大学院理工学教育部理学領域 > トピックス > 2008年7月
トピックス
 パターン形成の数理構造 〜A.チューリングのアイデア〜 (数学科)
  自然界には様々な紋様(パターン)があり,その紋様の中には時々刻々と変化して,我々人間に安らぎを与えたり,時には脅威を与えることもある。また,我々人間の体自体も,最初は1個の卵子と精子が合体し,単純な構造から,細胞分裂を繰り返しながら,最終的には60兆個もの細胞で構成される巨大システムへと変貌する。
  数学の世界にも,このような複雑な変遷を時間と状態空間のセットとして捉え,状態空間の中で起こる様々なダイナミクスの基本構造,基本原理を明らかにしようとする分野がある。専門的な言葉で言えば,無限次元空間(関数空間)上の非線形力学系理論である。
(単純な界面が時間とともにどんどん複雑化し,最終的には迷路パターンになる。3種競争系のモデルより)

  最初に次のような1次元空間上の非線形力学系の表す常微分方程式を考えよう。x (t ) を時間 t での状態変数とし,a はある物理的意味を持つ定数とする。
(1)
dx
dt
axx 3
x (t ) は時間とともに,上の常微分方程式に従って,1次元の状態空間の中を運動する関数であるが,まず,微分方程式を満たし,時間に依存しない状態の集合を考えよう。これは,時間に関して変化しない「つまらない」状態(平衡状態という)に対応している。この状態は時間に関して微分しても 0 であるから,axx 3 = 0 をみたさなければならない。従って,3次方程式を解けばよいが,a の符号によって,平衡状態の数が変わることに注意して欲しい。a ≦ 0 のとき,x = 0 だけであり,a > 0 のときは,x = 0 以外に,別の平衡状態 x = ±Öa がある。横軸に a を取り,縦軸に状態空間 x を取って,この様子を描いたのが図1である。 曲線は平衡状態のグラフであり,そこに描かれた矢印は,a を固定したとき,平衡状態以外の初期値に対して,x (t ) は時間とともにどちらの方向に進むかを表示している。この図1から,a < 0 ならば,微分方程式(1)の解は時間とともに平衡状態 x = 0 に近づくが,a > 0 となると,解は別の平衡状態 x = ±Öa に近づくことがわかる。すなわち,a < 0 で x = 0 は安定な平衡状態であるが,a > 0 では x = 0 は不安定化して,それに代わって新しい平衡状態 x = ±Öa が安定となって現れる。a > 0 でも平衡状態 x = 0 は存在しているが,この a の領域では不安定となって,2つの安定な平衡状態 x = ±Öa への交通整理の役割を果たしている。つまり,初期状態が正であれば,xÖa に引き込まれるが,初期状態が負であれば,x = −Öa に引き込まれる。その境目が不安定な平衡状態 x = 0 になっている。この不安定な平衡状態は物理的には実現しない状態であり,軽視されることが多いが,分水嶺状態(セパレータ)と呼ばれ,将来の運命を左右する重要な役割を果たしている。
  ここで扱った微分方程式は非常に単純なものであるが,我々の日常においても,これと同じような現象は絶えず起きている。例えば,水平で並行な2枚のガラス板の間におかれた流体を下から暖め,上から冷やす。上下のガラス板の温度差が小さいうちは,流体は静止したままだが,温度差がある値を超えると対流が始まり,ロール構造や六角形の蜂の巣状の構造が現われる(ベナール対流)。これは流体の温度差をパラメータ(上記の微分方程式の a に対応)として変化させるとき,安定な状態が不安定化し,それに代わって別の安定な状態が出現する。そのメカニズムは上の単純な微分方程式と基本原理は同じである。
  ここで,パターン形成の数理において常識を打ち破ったイギリスの数学者 Alan Turing(アラン・チューリング)の業績を紹介しよう。Turing は,コンピュータ科学・人工知能分野の草分けの一人であり,現在のコンピュータの原型としてのチューリング・マシンの考案者としての名声のほうが有名である。しかし,それと比べても決して引けを取らない「反応拡散系の理論」の創始者の一人でもある。彼は1952年に「形態形成の化学的基礎」と題する論文([1]参照)の中で,ヒドラの形態形成モデルを提出し,周期的な空間構造が自発的に発生する可能性を示唆した。
  拡散とは「広辞苑」によると,「物質の濃度が場所によって異なるとき,時間とともに濃度が一様になる現象」と説明さており,我々の日常の理解と同じである。しかし,Turing はこの拡散現象に対して「拡散は空間的な非一様化を促進し,周期的な空間構造を作る効果がある」というパラドックスを簡単な微分方程式を用いて示した。
  細胞分化に関する2種類の化学物質 AB があるとする。A は積極的に頭を作ろうとする物質(活性因子)で,B はそれを押さえようとする物質(抑制因子)であり,細胞の中でこの2つの物質 AB には以下のような相互作用があると考える。「A は自分自身をますます増加させようとすると同時に,B を作り出す働きを持っている。一方,BA の増加を抑制する働きを持っている(これが,活性−抑制系と言われる理由である)。」 さらに,2つの物質は細胞膜を隔てて,拡散によって移動することができる。このような状況で,AB の濃度は時間とともにどようになるであろうか。Turingのアイデアは次のようである。「細胞の中で,活性因子 A が少し余分に作られると,安定状態が崩れ,まず,活性因子は抑制因子を作りだす。抑制因子が活性因子よりも速く拡散すると,隣の細胞では元の細胞よりもより強く抑制効果が働き,その結果,活性因子の凹凸が出来る。この凹凸が全体に広がり,周期的な非一様構造が出来上がる。」 ここで重要なのは,「物質 AB の役割(活性と抑制)」と「抑制因子 B の拡散が,活性因子 A の拡散よりも速いこと」である。Turingはこのアイデアをもとに,単純な反応拡散系のモデル方程式を導き,数学的な解析の結果,非一様な周期構造が安定なパターンとして現れることを示し,この考えが細胞分化や形態形成などの機構に本質的な役割を果たしていると出張した。しかし,当時の生物界からその主張は数学者による机上の空論にすぎないと一笑された。残念ながら,彼は生物界に対して反論することなく2年後にこの世を去ってしまった。

抑制因子の拡散係数が小さい場合 抑制因子の拡散係数が大きい場合

(Turingの提出したのモデルの数値シミュレーション。初期値として乱数を与えている。(左図)抑制因子の拡散係数が小さい場合の活性因子のダイナミクスを表している。時間とともに一様状態に落ち着く。(右図)抑制因子の拡散係数が大きい場合の活性因子のダイナミクスを表している。一様状態は不安定化し,時間とともに周期的な水玉模様の状態に近づく。)

  Turingのこの研究から38年後の1990年になって, フランスの研究グループがCIMA(Chlorite-Iodite-Malonic Acid)という化学反応系において,Turingが提唱した2次元周期パターンである縞模様や水玉模様が実際に現れることを実験で示した([2]参照)。さらにその後,名古屋大学の近藤滋氏は実際の生態系においても,Turingパターンの例を示した。それは,タテジマキンチャクダイの表皮の縞模様が,Turingの提唱したメカニズムで形成されていることを実験的に証明した([3]参照)。この結果は科学雑誌「Nature 31 Aug.1995 Vol.376 Issue no. 6543」の表紙でも紹介され,「Turing patterns come to life」というコメントが付けられている(図2)。現在では様々な分野において,2次元,あるいは3次元Turingパターンの論理的かつ実験的研究が活発に行われている。特に,3次元においては,多種多様なTuringパターンが存在していることがわかってきた([4]参照)。富山大学理学部数学科においても,数学的,数値的両側面からこれらの研究が行われている。


参考文献:
[1] A.M.Turing, The Chemical Basis of Morphogenesis, Phil. Trans. R. Soc. London B237(1952) 37-72.
[2] P.De Kepper, V.Castets, E.Dulos and J.Boissonade, Turing-type chemical patterns in the chloride-iodite-malonic acid reaction, Physica D 49(1991) 161-169.
[3] S.Kondo and R.Asai, A reaction-diffusion wave on the skin of the marine angelfish Pomacanthus, Nature 376(1995) 765-768.
[4] H.Shoji, K.Yamada, D.Ueyama and T.Ohta, Turing patterns in three dimensions, Physical Review E 75(2007) 046212.
記事:教授 池田 榮雄
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Last modified 2008.07.01
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