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  富山大学 >  理学部・大学院理工学教育部理学領域 > トピックス > 2007年7月
トピックス
素粒子の質量起源、ヒッグス粒子と今年からスタートする探索実験(物理学科)
CERNのLHC実験外観。赤い円の地下100メートルに周長約27kmの加速器が 設置されている。

    素粒子標準理論は素粒子間のさまざまな相互作用を見事に記述し、 さまざまな検証実験を経ても30年以上に わたって生き残っている優れた理論である。 しかしながらこの理論の核心である素粒子に質量を与える メカニズム「ゲージ対称性の自発的破れ」とその立役者である ヒッグス粒子は未発見であり、理論のこの部分は現在に至るまで 謎に包まれている。 ヒッグス粒子の発見は高エネルギー物理学における 長年にわたる最重要課題であった。 このヒッグス粒子の発見を主目的にした実験が、 スイスの CERN(欧州原子核研究機構) にある巨大ハドロン加速器( LHC)を用いて今年から始まることに なっており、注目を集めている。



LHC実験における標準模型のヒッグス粒子の検出シミュレーション。 多くの崩壊モードを調べることで、ヒッグス場は質量にかかわらず 99.99994%(5σ)以上の確度で同定されることを示す。

LHCでのヒッグス探索

    そもそもヒッグス場が今まで未発見だった理由としては、 質量が大きい為に 今までの実験のエネルギーでは生成されなかったからと考えられる (相対性理論ではエネルギーは質量と等価)。 標準理論ではヒッグスの質量はパラメータであり 直接予言することは出来ないが、理論的な研究から 大体1テラ電子ボルト(=1012電子ボルト) 以下であると考えられている。また以前の実験で見つかっていないことから 0.115テラ電子ボルト以上であることも分かっている。
    今年から始まるCERNの LHC実験では、周長27kmの円形のトンネル (左の図の赤い円の部分の地下100メートルにある)の中で 7テラ電子ボルトに加速した陽子と陽子を正面衝突させて14テラ電子ボルト のエネルギーで散乱させることにより深奥の世界で何が起きているかを 調べようとしている。 陽子はクォーク3個からなる複合体であるが、クォークの反応素過程として 使えるエネルギーも数テラ電子ボルトに達する。 これは理論的に予想される質量を持つヒッグス粒子を生成するのに 十分なエネルギーである。
    実験屋によるシミュレーションの研究では、標準模型のヒッグス粒子は 質量によらず同定が可能であると報告され、 大いに発見が期待されるものである。 (2番目の図は、 ATLASグループ によるもので、 標準模型を前提にしてさまざまな崩壊モードを調べることに より、ヒッグス場は質量によらず99.99994%(5σ)以上の 確度で同定されることを示している。)

素粒子標準理論 --ヒッグス粒子とゲージ場の自発的対称性の破れ--

    素粒子の相互作用はゲージ場の量子論という形式で記述されている。 これは相互作用に対応してゲージ変換と呼ばれる局所変換の下で理論が不変 であれと要求することにより、ゲージ場と呼ばれる力を媒介する場 (電磁力では光子がこれに対応)の振る舞いが決まるものである。
    このアイデアに基づいた量子電磁力学は簡潔さと予言精度において 大きな成功を収めた。一方β崩壊を引き起こす原因になる力(弱い力)は 実験から近距離力であることが知られていたが、それは弱い相互作用を 媒介するWボソンが光子とは異なり大きな質量(電子質量の約20万倍) を持つことを意味する。実際にそのような質量のWボソンは実験で見つかっている。 ところがゲージ対称性はゲージ場が質量0であることを要求するので、 弱い相互作用をゲージ場の量子論で記述するためには この矛盾をどう解決するかが問題だった。
    ヒッグス機構はそのための解として提案されたが、これは新たに導入した スカラー場Φ(スピン0の粒子:ヒッグス場と呼ばれる)が 真空凝縮を起こすこと(左図参照)によって、ゲージ対称性を自発的に破り、 その結果としてWボソンは実験と合う質量を獲得するというものである。 同時にクォークや荷電レプトンなどの質量もヒッグス場 の真空期待値によって与えられる。 こうして電磁相互作用、強い相互作用に加えて 弱い相互作用を含む首尾一貫した素粒子標準理論が完成した。
    ヒッグス場とゲージ対称性の自発的破れの概念は、 素粒子標準理論の核心をなす部分でありながら、 現在まで未検証でありつづけてきた。 ヒッグス粒子の発見とその性質の実験的検証は 現代の高エネルギー物理学における最重要課題である。

 

ポストヒッグス問題

    さてLHC実験でヒッグスが見つかったら、それで標準理論が正しいことが 確認されて、素粒子物理学は本質的に終焉してしまうのか?  理論屋の答えはNOである。なぜならいくつかの積極的な理由により標準理論は 「根本的に正しい理論」とは考えられていないからである。 素粒子標準理論はやがて何らかの「新しい物理学」に取って代わると信じられている。
    その根拠の最大のものは、ヒッグスがスピン0のスカラー場であることから来る。 ヒッグス・スカラーの質量に対する量子補正を計算し、せいぜいテラスケールの 補正されたヒッグス質量を得るためには、莫大な桁数のパラメータ合わせ (ファインチューニング)が必要になることが知られている。 この不自然さは、標準模型のヒッグスの部分の不完全さを示すものであり 何か本質的に新しいアイデアに基づく新物理学がテラスケールの 物理を支配しているのではないかと強く示唆するものと考えられている。
    また、ビッグバン宇宙論以来、宇宙物理学と素粒子物理学は密接な 関係を持つが、宇宙に関する現代の未解決の問題として、 物質・反物質の非対称性の問題、暗黒物質、暗黒エネルギーの解明などがある。 素粒子標準理論ではこれらの問題のいずれも説明することは出来ない。 さらに神岡の観測施設( スーパーカミオカンデ ) などにおける観測では、 標準理論では質量を持たないはずのニュートリノに微小質量が存在する 証拠も発見された。 このように標準模型は観測的・実験的にもほころびつつある。 これらの問題は、標準理論の適用エネルギーを超えた高エネルギー領域の 新物理理論によって初めて説明が付くと考えられている。
    今までに多くの「新物理学」の模型が提案されている。たとえば「超対称性」 というアイデアではボソンとフェルミオンの間の対称性を持った 世界を考えることにより上のファインチューニングの問題は除去される。 他にも「力学的電弱対称性の破れ」、「リトルヒッグス模型」、「余剰次元模型」、 「ヒッグスレス模型」など新物理学の模型はいろいろと提案されていて、 いわば百家争鳴の状態にある。
    近い将来にLHCでヒッグスセクターに関する なんらかの情報が得られ (ヒッグスが見つからないことも情報の一つ!)その性質の詳細、 正体が明らかにされれば、 標準理論を超えた新物理学理論の方向性を決定できると考えられる。 もちろん超対称粒子など、新物理学模型が予言する新粒子が LHCで直接検出される可能性にも期待できる。

    ヒッグスの物理は素粒子標準理論の最後の未知の部分、素粒子質量の 起源のメカニズムを明らかにするとともに、標準理論を超える新物理学に対する 窓としての役割を持っていると考えられている。そのヒッグスを探索する LHC実験が今年から始まることで、今は理論屋にとっても実験屋にとっても かなりエキサイティングな時代であると言えよう。
(物理学科   理論物理学研究室   兼村晋哉先生
参考:「現代物理学概論」の スライド
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Last modified 2007.07.09
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