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  富山大学 > 理学部・大学院理工学教育部理学領域 > トピックス > 2008年7月
トピックス
 熱電能で電子の量子状態を探る (物理学科)
「熱電能」という物理量,ご存じでしょうか。熱電能(=S)とは金属物質に与えた温度差ΔT と, そのΔT に応答して生じる熱起電力ΔV との比,すなわちΔV/ΔT のことです。 温度差で起電力が生じるのは,金属物質中に莫大な数存在している伝導電子が熱エネルギーのキャリア(=運び屋)であると 同時に電荷のキャリアでもあることに由来しています。電荷のキャリアをもつ金属や半導体で測定可能なこのS の値は, おおまかに10-6 V/K〜10-3 V/Kの大きさで正負の符号を持ち,その測定結果からは個々の物質中の 電子やホールの集団的な量子的エネルギー構造に関する詳細な情報が得られます。
30年ほど前にCeAl3という金属化合物中の伝導電子が絶対温度数K以下(絶対零度0 K=−273.15℃)の極低温で, 普通の金属である銅に比べて実に1000倍を越える大きな質量を持つことが発見されました[1]。当時,このような「重い電子」の 発現は予測されておらず,国内外の研究者がこぞって類似の物性を示す新物質の探索・研究を進めました。その努力によって, 重い電子状態の発現は磁気的性質を担うCeの4f電子と伝導電子の間のスピンの量子揺らぎに起因することがわかりました。 このスピン揺らぎは,1 K付近で発現する重い電子が示す従来型(BCS理論)とは異なる新しいタイプの超伝導の 発現メカニズムとしても議論されています。また重い電子状態は,4f電子による磁性の発生・消滅の境界付近で現れる現象で, そのため,1 K以下の極低温領域における物性測定が欠かせません。
図1 微小熱起電力を測定するため試料を測定用の台に載せたところ

電子比熱Celを温度T で割ったCel/T が電子の質量に直接的に比例するために, 比熱測定は重い電子状態の研究に必要不可欠な実験手法です。一方,熱電能は物質に熱を加えて応答をみる点で比熱測定と 共通点をもつ物理量で,S/TCel/T ×( qα)の関係式で結ばれています。 ここで,qは熱的な,αは電子散乱的な寄与を表すパラメータです。 この関係式から,熱電能は比熱と整合する寄与を持つと同時に,比熱では観測にかからない電子散乱による寄与も含むことがわかります。 熱電能測定は,サンプルに数10 mK (1/100度)の温度差を与え続けその両端の温度差を測定し,同時にnV(10億分の1ボルト)の精度が 要求される微小熱起電力を測定するというやや難しい手法を用いる(図1)ため,測定を行う研究室はあまり多くはありません。 さらに1 K(-272℃)以下の極低温となると,さらに慎重な測定上の配慮が必要になり,国内では私たちを含めて二つの研究室でしか測定を行っていません。
磁性の発生・消失のまさに境界に位置する物質では,Cel/T が極低温で対数的に増大する異常現象が 観測されており,この異常を説明することのできるいくつかの理論モデルが提唱されています[2]。私たちは比熱と熱電能の整合性に着目し, 0.1 Kに至る極低温の熱電能を調べることにより個々の物質の異常の起源を実験的に探っています。 図2,3には最近調べている,CeNi2Ge2とNiを6%のPdで置き換えたCe(Ni0.94Pd0.06)2Ge2Cf/T(=Cel/T と同義)とS/T の測定結果[3]が示されています。
図2, 3 CeNi2Ge2とCe(Ni0.94Pd0.06)2Ge2の測定結果
Pd 8%の置換でこの系は反強磁性を示すことが報告されています[4]。従ってどちらも磁性の発生・消滅の境界に近い物質です。 Ce(Ni0.94Pd0.06)2Ge2ではCm/TS/T は 15 K以下から非常によい整合性を示しますが, これとは対照的にCeNi2Ge2では,着目すべき極低温領域で整合性が悪いことがわかります。 このように同じ対数的なCel/T の増大が観測されても,わずかな量の不純物が導入されたことに対しS は敏感に特有なふるまいを示します。 (詳細については[3]をご覧ください)現在,他の同様な物質についても極低温領域の熱電能を鋭意測定中であり,これら異常の起源の解明を目指しています。
参考文献
[1] K. Andres et al.: Phys. Rev. Lett. 35 (1975) 1979.
[2] G. R. Stewart: Rev. Mod. Phys. 73 (2001) 797.
[3] T. Kuwai et al.: Physica B 378-380 (2006) 146.
[4] T. Fukuhara et al.: Pysica B 281&282 (2000) 365.

記事:教授 桑井 智彦
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Last modified 2008.02.2
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