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  富山大学 > 理学部・大学院理工学教育部理学領域 > トピックス >  2009年11月
トピックス
リン光状態を利用した光機能性分子(化学科)

 
光を吸収した物質が出す発光には、蛍光とリン光があります。蛍光は、励起一重項状態という電子励起状態が、基底一重項状態に移るときに放出する光のことです。ところで、有機分子には励起一重項状態よりもエネルギーが低いところに、励起三重項状態があります(図1)。一重項状態では、分子の全ての電子スピンの向きが打ち消しあっていますが、三重項状態では、向きが打ち消しあっていない電子が2つあります。どのような有機分子も、蛍光を出す前に、ある割合で、1個のスピンが反転して励起三重項状態に落ちてしまいます。この三重項状態から基底一重項状態に移るときに放出される光がリン光です。リン光は、スピンの反転を必要とする過程ですので、非常に観測し難い発光です。有機分子のリン光を観測するためには、試料を液体窒素温度以下に冷やして、熱運動を抑えなければなりません[1]

 ところが最近、様々なところでリン光が注目されるようになってきました。有機分子のリン光は非常に弱い光ですが、分子の中に重い遷移金属元素が含まれていると、蛍光を全く出さなくなるかわりに、リン光が百万倍も強くなります。また、このような遷移金属錯体の電子励起状態を生成すると、定量的に励起三重項状態に落ちますので、励起状態が単純であるという利点があります(図1)。これらは、電子が重い原子核の近傍を高速で駆け抜けるとき、磁気的な相互作用が働いて、スピンと軌道周回との回転運動が結合して、スピンが反転し易くなるために起きる現象です。

 リン光状態を使った光機能性分子の例をいくつか紹介しましょう。

 有機EL素子は、次世代薄型ディスプレーの大本命とされている表示デバイスです。これは、発光分子を薄膜中にドープして、それに電流を流すことで、発光分子の電子励起状態を作って発光させる素子です。このとき、発光分子に蛍光分子を使うと、励起一重項状態が25%で励起三重項状態が75%の割合で生成します。励起一重項状態からの蛍光は、最大で量子効率25%にしかならないので電流発光効率が良くありません。ところが、発光分子にイリジウム(III)や白金(II)などの金属錯体を用いると、100%励起三重項状態 が生成し、そこから強いリン光が放出ますので、電流発光効率を非常に高くできます。これが現在注目されているリン光有機EL素子です[2,3]

 
光電荷分離という光反応は、光のエネルギーを化学エネルギーに変換する鍵となる重要な過程です。光合成の初期過程は、光エネルギーを受け取ったクロロフィル二量体からキノンへの電荷分離過程です。また、次世代の光増感型太陽電池でも、電極界面で光電荷分離を効率的に起こす色素分子が使われます。リン光性の金属錯体を用いることで、高効率光電荷分離を実現した例を紹介しましょう。強いリン光を示す白金(II)ジアセチリド錯体(以後Ptと略す)に電子を受け取りやすいナフチルジイミド(A)と、電子を放出し易いトリフェニルアミン(D)を化学結合で繋ぐと(図2左)、リン光を全く示さなくなります。これは、リン光として放出されていた励起状態のエネルギーが、別のエネルギーに移ったことを示しています。この白金錯体のトルエン溶液にレーザーパルスを照射した後、1ピコ秒(1秒の1兆分の1)ごとに観測した吸収スペクトルを図3に示します。Ptの光励起状態特有の吸収が消えていくと同時に、イミドアニオン (A)に帰属される吸収が時定数220psで増加し、アミンカチオン (D)の吸収は250psで増加しています。これらの結果から、まず白金錯体の励起三重項状態からイミドへ電子が移動して、次いでアミンから白金に電子が移動して、電荷分離状態D+PtAが生成することが明らかになりました(図3)。また、光電荷分離状態は、錯体が吸収した光子1個当たり0.96という高い効率で生成しました。この錯体は、実に96%という高い量子収率で、光エネルギーを化学エネルギーに変換できる光機能性分子です[4]。このような定量的な光電荷分離が実現できた理由の一つは、光電荷分離と競争して基底状態に戻ってしまう過程(図3の灰色の矢印)が、スピン反転を要するために起こり難いためです。これらの過程にも重原子効果は働くのですが、反転を要しない場合と比べると遅くなります。リン光性三重項状態の性質をうまく利用したこの白金錯体は、エネルギー損失が少なく、しかも反応がクリーンな光機能分子として期待できます。



参考文献

1.金属錯体の光化学、佐々木陽一、石谷 治編著、三共出版(2007)

2.強発光性遷移金属錯体のリン光モデル、野崎浩一 光化学, 40(1), 47-50 (2009).

3. S. Obara, K. Nozaki, M. Haga, et al., Inorg. Chem., 45(22) 8907-8921 (2006).

4S. Suzuki, K. Keyaki, K. Nozaki, K. Okada, et al., J. Amer. Chem. Soc. (2009), 131(30), 10374-10375.

(化学科 野崎浩一)


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Last modified 2009.10.30
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