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細胞内共生微生物が宿主の体内時計に及ぼす影響

【生物学科】2018年11月

 2017年のノーベル医学生理学賞が、体内時計を制御する「時計遺伝子」の転写翻訳リズムに関する研究について、米国の3名のショウジョウバエ研究者に授与されたことは記憶に新しいところです。このように、睡眠覚醒リズムの研究基盤となり得る体内時計の分子機構についての研究は、ショウジョウバエをモデルとして進められてきました。近年では、細胞の代謝活性リズムを支配するミトコンドリアの酸化的代謝において、概日リズムが報告されており、代謝リズムと時計遺伝子の関係について注目が集まっています。細胞内共生微生物は、進化的に見て、ミトコンドリアなどの細胞内小器官と類似した性質を持っていますが、その体内時計システムへの関与についてはよくわかっていませんでした。
 生物が微生物を体内に恒久的に取り込む「細胞内共生」は、多くの生物において普遍的に見られる現象です。αプロテオバクテリア綱に属するボルバキアは、細胞質に感染・共生する細胞内共生微生物の一種であり、全昆虫種のおよそ6割に存在すると推定されています。キイロショウジョウバエもその例外ではなく、実際に私たちは、体内時計研究のために世界中の実験室で長年維持されてきた実験系統のショウジョウバエ(時計遺伝子レポーター period-luciferase系統)に、ボルバキアが感染していることを明らかにしました。そこで、この系統のハエに対して、抗生物質処理を3世代に渡って行うことにより、「除菌」系統のハエの作出に成功しました。これを用いて、ボルバキアが、宿主ショウジョウバエの行動リズムや時計遺伝子の発現リズムに及ぼす影響について解析しました。

 ボルバキアを標識化する抗hsp60抗体を用いた免疫組織化学的解析の結果、脳ではボルバキアは検出されませんでしたが、幅広い末梢組織においてボルバキアが感染していることが明らかになりました。さらに、様々な温度環境下(19度、24度、29度)や光条件(明暗、恒暗、8時間明暗シフト)において、成虫の歩行活動リズムを詳細に解析しました。ショウジョウバエの一日の行動は、ヒトのように昼間に多く、夜間に少ない概日リズムを刻むことが知られています。しかし、除菌した場合、この昼夜差が小さくなり、29℃の条件下ではむしろ夜間の平均行動量が高い傾向が見られました(図1)。

 

図1
図1. 12時間:12時間明暗・29度条件下におけるボルバキア感染系統(黒)および除菌系統(赤)の歩行活動量の比較。「除菌」により、夜間における活動量が有意に増加することが分かった。

 さらに、末梢組織を用いて、時計遺伝子レポーター(period-luciferase)を指標に、転写活性リズムを解析しました。その結果、ボルバキア感染系統では安定した概日リズムが持続するのに対し、除菌系統では転写活性がすぐに減衰することが示されました(図2)。代表的な末梢時計であるマルピーギ管におけるPERIOD免疫応答性(つまりタンパク質レベルで)の解析からも、ボルバキア除菌により、リズム振幅が小さくなることがわかりました。つまり、ボルバキアは、宿主ショウジョウバエの末梢振動体を介して、歩行活動リズム出力に影響を及ぼしているものと考えられます。

 

 

図2

図2. ボルバキア感染系統と除菌系統の末梢組織におけるper-luc転写活性リズム。右はCCDカメラによる発光像、*は頭部を切り離した場所。感染系統では安定したリズムが持続するのに対し、除菌系統では、リズムがすぐに減衰した。


 今回の研究結果により、ボルバキアの共生により、宿主ショウジョウバエの末梢時計の時計遺伝子発現リズムと昼夜の行動リズムが増幅することが明らかとなりました。これまで、ショウジョウバエを用いた体内時計研究において、細胞内共生微生物の影響は全く考慮されてきませんでしたが、今後は、多くの研究で感染検査が必要となるでしょう。

 

【参考文献】
Morioka E, Oida M, Tsuchida T and Ikeda M. Nighttime activities and peripheral clock oscillations depend on Wolbachia endosymbionts in flies. (2018) Scientific Reports 8: 15432. doi:10.1038/s41598-018-33522-8


(生物学科 森岡絵里)