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チャレンジ & クエスチョンの連鎖 -和算発展の推進力-

【数学科】2017年11月

 和算(わさん)とは、日本で独自に発達した数学のことです。江戸時代に関孝和(せきたかかず)の流派が急速に発展させた事はよく知られていますが、発展の推進力となった背景についてはご存知でしょうか?実はその伝承のシステムにあるのです。歴史的な流れを追って説明しましょう。
 17世紀の初めに中国の数学書(「算学啓蒙(さんがくけいもう)」「算学統宗(さんがくとうそう)」)が朝鮮を経由して伝来しました。豊臣秀吉の家臣であった毛利重能(もうりしげよし)はこの「算学統宗」の影響を受けて、「割算書」という書物を1622年に出版しました。これが日本人の書いた数学書第一号で、そろばんを使って計算する方法を教えたものでした。
 毛利重能に学んだ吉田光由(よしだみつよし)が1627年に「塵劫記(じんこうき)」を出版し、江戸時代の算術書のベストセラーとなりました。しかしにせものが多く出たため、光由は次々に内容を変え新しい版を出しました。1641年には「新編塵劫記」を出版し、本の最後に難しい問題を付けました。(このような問題のことを遺題(いだい)といいます。)
 「新編塵劫記」がきっかけとなり、本の最後に難しい問題を付け、他の人がその問題にチャレンジして答えを書いた本を出版し、巻末にまた難問を付けるという風習が始まりました。このチャレンジ&クエスチョンの連鎖を遺題承継(いだいしょうけい)といいます。この連鎖が進むにつれどんどん難問が出されるようになり、実用の範囲を超えて技巧化・複雑化しました。
 遺題承継の流れをまとめると四つの系になります。

 

第1系 第2系 第3系 第4系

 

 

 さて、ここ越中富山にもその遺題承継に関わった人物がいました。江戸時代末期の和算家石黒信由(いしぐろのぶよし)です。1819年に石黒信由が出版した「算学鉤致(さんがくこうち)」は、第4系のしめくくりという重要な位置にあります。信由は、この書で第4系に属する遺題のほとんどに答えています。
 一体どんな問題が出されていたのでしょう?例として、中尾斉政著「算学便蒙」(1741)の巻末問題のうちの一つを見てみましょう。

 

問題

 

 この問題を現代風に書くとこうなります。ぜひあなたもチャレンジしてみてください!

 

Question

 

 ※原文では距離の単位に「里」が使われており、動くのは人ではなく「馬」とされています。

 信由の答えた遺題は、解答した年からみて110年前から50年前のもので、これらの問題にはすでに答えを書いた書物がありましたが、信由は改めて解答したのです。「算学鉤致」に遺題を付けなかったことと、信由の答えが優れていたことから、この後これらの問題への解答を発表する者はいませんでした。
 従って、信由の「算学鉤致」が遺題承継の終わりとされています。

 

【参考文献】
[1] 遠藤利貞原著・三上義夫編・平山 諦補訂, 増修日本数学史, 恒星社厚生閣, 1981.
[2] 楠瀬 勝, 石黒信由遺品等高樹文庫資料の総合的研究 -江戸時代末期の郷紳の学問と技術の文化的社会的意義-,トヨタ財団助成研究報告書 Ⅲ-017, 1983.
[3] 小堀 憲, 物語数学史, 新潮選書, 新潮社, 1984.
[4] 新湊市教育委員会編, 越中の偉人 石黒信由 -ふるさと文化紹介シリーズ 第四集-, 財団法人 高樹会, 1985.
[5] 石黒信由著・吉田柳二訳注, 算學鉤致解術(復刻版+翻訳版), 桂書房, 2000.
[6] ウィキペディア, 和算(https://ja.wikipedia.org/wiki/和算#frb-inline)
[7] 小寺 裕, 遺題継承(http://www.wasan.jp/zemi/zemipdf/idai1.pdf)

 

(数学科 狐塚 佳子)