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熱帯低気圧(台風)の進路

【地球科学科】2017年1月

 熱帯低気圧は,低緯度で発生する低気圧の総称で,水蒸気から水への相変化に伴う凝結熱を主なエネルギー源としています。北西太平洋の熱帯低気圧で,最大風速が17m/sを超えているものを,特に台風とよびます。台風は,毎年のように日本にやってきては大きな災害をもたらします。台風による災害を防止・軽減するためには,進路や強度に関する精度の良い予報が重要です。幸い気象庁による台風の進路予報(中心位置の予報)の誤差は,近年著しい減少を示しています1)。こうした予報精度の向上の一方で,台風進路に関する物理メカニズムの理解が進んでいるとは言えません。メカニズムが分からなくても予報が当たればよいというスタンスもありますが,科学の発展を長期の視点から考えると,どのように台風進路が決まっているかを理解することは重要だと思います。こうした背景から,熱帯低気圧の大きさや強さによって,その進路が系統的にどのように変化するのかを,学生さんと一緒に調べてみました。


 熱帯低気圧を空気と一緒に移動可能な軽い風船のようなものと仮定すると,その進路は「周囲の風(流れ)」によって基本的に決定されます。しかし一言に「周囲の風(流れ)」といっても,そこには様々なスケールの現象が含まれます。熱帯低気圧よりも大きなスケールの周囲(環境場)の流れを便宜的に指向流とよびます。低緯度域では偏東風,中緯度帯では偏西風などがそれにあたります。一方で,熱帯低気圧自身が引き起こす流れによっても熱帯低気圧は移動します。気象に詳しい人ならβ(ベータ)ドリフトという言葉を聞いたことがあるかもしれません。このベータドリフトは,後者の典型的なものです2)。これらを式で書くと,


 (O)熱帯低気圧の移動

      =(A)周囲の大きなスケールの流れ(指向流)による移動
       +(B)熱帯低気圧自身が引き起こす流れによる移動

 

とまとめることができます。指向流は,基本的に熱帯低気圧とは無関係に存在するものであるので,(A)「指向流による移動」は,熱帯低気圧の大きさや強さによって変化することはない,と考える事が出来ます。ですから,ここでは後者の(B)「熱帯低気圧自身が引き起こす流れによる移動」が,熱帯低気圧の強さや大きさによってどのように異なるかを調べたい,ということになります。しかし,この(B)を実際に見積もるのは,データの時間・空間解像度や品質などの問題から簡単ではありません。ここでは数学的に考えて,上の式を変形して 

 

 (B)=(O)-(A)


としてみます。すると(A)と(O)から(B)を求めることができることが分かります。(A)「指向流による移動」の見積もりも難しいのですが,相対的に大きなスケールの変化の少ない流れのため,(B)の見積もりよりも小さな誤差で求めることが期待できます。また(O)「熱帯低気圧の移動」は,最近であれば詳細な衛星観測などから,良い精度で求めることができます。こうして実際の熱帯低気圧の移動から,大きなスケールでの流れによる移動を差し引くことで求めた(B)を,台風の大きさや強さ別に分類して示したものが図1と図2です。

図1

図1: 大きさ別に(4つに)分類したときの台風の移動方向の変化(指向流に対して相対的な方向)。

 

 

図2

図2: 強さ別に(4つに)分類したときの台風の移動方向の変化(指向流に対して相対的な方向)。

 

 図1から,台風は大きくなるにつれて,自分自身が引き起こす流れによって北東向きに移動しやすく,南東向き,南西向きには移動しにくくなっていることが分かります。図2から,台風は強くなるにつれて,自分自身が引き起こす流れによって北東向きに移動しやすくなっていることが分かります。このような傾向を示した研究は過去にありませんので,これらは(真実であれば)新しい発見ということになります。例えば,過去の研究において,大きくて強い熱帯低気圧は,小さくて弱い熱帯低気圧に比べてβドリフトによって北西方向に移動しやすいことが,簡単な数学モデルを用いて指摘されています。実際にどうなっているかを系統立てて調べた研究はありませんでしたが,この研究の結果では興味深いことに逆の北東に移動しやすいことを示しています。


 以上の様に,熱帯低気圧の進路に関して既存の知見と違う結果が得られたわけですが,この理由(物理メカニズム)は未だ分かっていません。しかし大きい台風や強い台風では,水蒸気から水への相変化に伴う凝結熱も多く発生していることが期待できるため,そうした熱が何らかの影響を及ぼしているのではないかと考えています。数値モデルによって,完全に同じとは言えないものの,今回の結果とあまり矛盾のない結果を示している研究もあります4)。もし自分で調べてみたいと思った方は,是非うちの研究室に参加して研究を進めてみてください。


 以上の話は,日本気象学会のレター誌SOLAに掲載された論文から一部抜粋したものです。より深く知りたい場合には,下のYasunaga et al. (2016)の文献を参考にしてください。

 

 


(理学部地球科学科 安永 数明)