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遺伝子からみた富山の生物

【生物学科】2016年1月

 富山大学理学部では,「遺伝子」を扱った多岐に渡る研究が行われています.そもそも遺伝子とは,生物の設計図とも呼ばれ,生物が生きていく上で必要な情報が沢山刻み込まれています.そのため,遺伝子を読みとることができれば,その生物がどのような生活をしているかを知ることができるのです.そこで,富山の自然の中にいる生物を対象として,遺伝子を調べた研究を幾つか紹介します.

 

1.ニホンライチョウ

 

 ニホンライチョウ(以下,ライチョウ)は,日本列島の中部山岳地帯の高緯度に棲む留鳥です.富山県では,立山連峰などに生息しています(図1).人を怖がることが少なく,立山・室堂を訪れると,目の前でその愛くるしい姿を見るとができます.また,「富山県の鳥」にも指定されており,富山県にとって馴染みの深い生物です.
 そのライチョウが,最近では数を減らしています.例えば,1980年頃に行われた調査では,日本全体で約3,000羽の生息が確認されていました(羽田, 1985).しかし,最近の調査では2,000羽を下回るという推計がされており,特に南アルプスにおいて,個体数の減少傾向が著しいことが報告されています.一方,立山・室堂周辺では,変動はあるものの,この50年間は200羽以上の個体が生息していることが,富山県の調査で明らかにされています.そのため,ライチョウを守るために,生態調査や生理学的研究など,様々な研究がされています(例えば,中村, 2007).そして,このような希少生物を守る上でも遺伝子の研究は不可欠です.例えば,山岳集団毎の遺伝的な特徴を明らかにしたり,繁殖個体間の血縁度推定などが,試みられています.ただ,最も安定した個体数が維持されている立山・室堂における遺伝子の調査は,ほとんど行われてきませんでした.そこで,筆者の研究室では,立山・室堂周辺に生息するライチョウを対象に,遺伝子研究を行っています.
 野生生物の遺伝子を研究する上で,まず行うことば,遺伝子を入手することです.そこで,実際に室堂まで足を運ぶわけですが,次の課題は,目の前にいるライチョウから,どのように遺伝子を獲得するか,になります.一般的な鳥類研究では,捕獲した個体から血液を採取したり,羽毛を抜き取ったりして,そこから遺伝子を得ます.しかし,ライチョウは国指定の特別天然記念物であるため,手荒なことはできません.また,落ちている羽毛を拾うことにも環境省等の許可が必要であり,そもそも個体間の血縁度を明らかにする上で,羽毛の持ち主がわからなければ意味がありません.そこで考え出したのが,「糞」から遺伝子を採る,という試みです.一般に,糞の中や表面には,その生物の細胞が残されており,この細胞が持つ遺伝子を分析に用いることができます.この方法ですと,ライチョウを傷つけることもなく,環境省の了解も得られました.
 ただ,いざライチョウの糞を採ろうとすると,なかなか大変です.予備実験において,排泄されてから時間が経った糞は,遺伝子分析には適さないことが分かりましたので,新鮮な糞が必要です.そこで,ライチョウを見つけたら,近くでじっと待ち,糞をしてライチョウが移動した直後に,その糞を回収します(図2,3).その後,専用の保存液にいれた糞を大学に持ち帰り,遺伝子を調べていきます.
 現在,遺伝子分析を進めているところですが,個体識別や血縁度推定の方法を概ね確立しました.また,遺伝子の多様性を調べた結果,立山・室堂周辺に棲む集団の多様性は,他の山岳集団と比べて高いことが明らかになりました.今後も現地調査と遺伝子分析を続け,ライチョウの保護に必要な情報を蓄積していく予定です.

 

2.ニホンイノシシ

 

 昨今,ニホンイノシシ(以下,イノシシ)が世間を騒がせています.田畑を荒らしたり,時には町中を走り回って,人身事故が発生することもあります.このようなことが起こる遠因は,イノシシが増えていることです.これは富山県だけではなく,全国的な傾向であり,それに伴って農業被害額も増加しています.ただし,過去の資料をみると,富山県におけるイノシシの個体数は大きく変動していることがわかります.例えば,1970年代には,富山県にはイノシシがほとんど生息していませんでした(南部・吉村, 2002).それが今日では,捕獲された数だけでも,1000頭を上回ります.それでは,今富山県にいるイノシシは,どこから来たのでしょうか.それを解き明かすカギが,遺伝子にあります.
 遺伝子は,ライチョウのところで書いたように,個体識別や,多様性の評価に用いることができます.同時に,遺伝子は先祖代々受け継がれてくるために,過去の情報が遺伝子の中に書き込まれています.そこで,富山のイノシシの遺伝子を調べ,それを周辺地域のイノシシの遺伝子と比較することにより,移動経路の推定が可能になります.そこで,富山県自然保護課と,富山県と周辺県の猟友会の協力を得て,イノシシの筋肉サンプルを採取し,そこから遺伝子を調べ,比較しました.
 その結果,富山県のイノシシが持つ遺伝子は,大きく4つの型(A〜D)に分けることができました.その4つの遺伝子型について,周辺県における出現状況や経年変化を調べた結果,いずれの遺伝子型も県外から進入してきたことが明らかになりました(図4:山崎ほか, 2015を一部改変).ただその進入ルートは一様ではありませんでした.遺伝子型AとCは,岐阜県側から富山県に進入し,遺伝子型Bは,石川県,岐阜県,そして新潟県の3方向から富山県に進入してきたと考えられます.加えて,富山県から石川県に移動したイノシシの存在も推察されました.さらに,遺伝子型Dは,岐阜県から富山県へ進入したものが,富山県内を東に移動し,その一部は新潟県にまで到達していることが示唆されました.以上のことから,今日富山県に生息しているイノシシは,複数のルートで富山県に進入し,そして今も移動を続けていることが考えられます.
 このように,遺伝子を調べることで,その生物がどのように移動してきたかを知ることができ,今後の移動予測や,被害防除に活用することができます.遺伝子を調べることで,富山の自然の中にいる生物に対する理解を深めることができるのです.

 

【引用文献】

  • 羽田健三. 1985. 日本におけるライチョウの分布と生息個体数および保護の展望. 鳥, 34:84-85.
  • 中村浩志. 2007. ライチョウLagopus mutus japonicus. 日本鳥類学会誌, 56:93-114.
  • 南部久男・吉村博儀. 2002. 富山県におけるイノシシ・ニホンジカの記録. 富山市科学文化センター研究報告, 25:41-49.
  • 山崎裕治・安達文成・萩原麻美・山田貴大. 2015. 富山県および周辺地域に生息するニホンイノシシにおけるミトコンドリアDNAハプロタイプ組成の経年変化. 保全生態学研究, 20:203-211.

 

【図の説明】

図1 図2

図1.ライチョウと立山

図2.ライチョウを観察し,糞をするまで待ちます

 

図3 図4

図3.ライチョウと糞(ライチョウの左下の黒い固まり)

図4.富山県と周辺地域において推定されたイノシシの移動ルート

 

(生物学科 山崎裕治)