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神経ペプチドPACAPの涙液分泌促進効果

【生物学科】2014年05月

 涙は眼の表面を乾燥から保護する大切な役割を持っている体液の一種である。ここでは涙を専門的に涙液と表記させて頂くが、涙液は表面側から脂質層、水層、ムチン層と3層構造から構成されており、これらの成分が不足すると涙膜が不安定となり、眼の表面が露出して乾燥することになる。ドライアイは涙液の質または量の異常と、乾燥による角膜傷害を伴う疾患であり、近年ドライアイ患者数は増加傾向を示していることからも、効果的な治療・対処法の確立が望まれている。
 私はこれまでに下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド(PACAP)という神経ペプチドについて研究を進めている。神経ペプチドとは神経細胞で産生されるアミノ酸数〜数十個からなる生理活性ペプチドのことを指す。PACAPは1989年にヒツジの視床下部から単離・同定され、38アミノ酸残基からなるPACAP38とそのN末の27アミノ酸からなるPACAP27の2つの分子種が存在する。私はこれまでにPACAPがPACAP受容体と結合することにより、神経保護作用、神経分化誘導作用といった様々な生理活性作用を発揮することを明らかにしてきた。その研究の中で、PACAPを発現していないPACAP遺伝子欠損 (KO)マウスの新たな表現型から、PACAPが涙液の分泌に関与することを見出した。
 まず私達が最初に気が付いたのは、PACAP KOマウスの目の表面が白い個体が多いことである(図1)。組織学的に観察したところ、角膜表面が角質化を起こしていることがわかった。さらに多くの個体を観察したところ、PACAP KOマウスでは加齢に伴い角膜角質化が生じること、特に雌性個体で高頻度に観察された。この角膜角質化の発症パターンはヒトのドライアイと似ていることから、涙液の分泌量を測定したところ、PACAP KOマウスでは涙液分泌量が有意に低下していることを発見した(図2)。
 私達はPACAPが涙液の分泌に関わっていると考え、PACAPやその受容体がマウスの涙腺に発現しているかを解析したところ、PACAPおよびPACAP受容体のmRNAが涙腺組織内で検出され、PACAPは主に涙腺内の神経組織に、PACAP受容体は主に涙液を産生する細胞である腺房細胞に発現していた。特にPACAPは涙腺組織内の副交感神経に発現していることが明らかになった。涙腺は副交感神経が優位になると分泌促進することが知られており、PACAPは涙腺組織内で副交感神経系を介した涙液分泌に関与している可能性が示唆された。 
 さらにPACAPの涙液分泌作用を検討するため、PACAPの点眼試験を行った。麻酔したマウスにPACAPを点眼したところ、点眼開始15分後から有意に涙液分泌が促進され、この作用は約45分後まで継続した。 涙腺を除去したマウスではPACAPを点眼しても涙液分泌が促進されなかったころから、PACAPを点眼することにより、涙腺組織に作用して涙液分泌を促進したと考えられる。PACAPによる涙液分泌促進機構を解析したところ、PACAPは水チャネルであるアクアポリン(AQP)5をリン酸化することにより、細胞質から細胞膜へのAQP5の移動を促進し、これにより腺房細胞の細胞膜の表面に水チャネル、すなわち水分子の通り道が作成されることにより、涙液分泌が促進されることが明らかになった。
 このようにPACAPは涙液分泌促進作用を持つことが明らかになったことから、PACAPをドライアイ治療薬の点眼薬として応用することを現在進めている。しかし、PACAPは涙液の“質”には影響しないのか、また角膜にはどのような影響を与えるのかなど、創薬に発展させるためにはまだ課題が多く残っており、更なる研究を進めていく必要がある。
 今回ご紹介した研究テーマは、PACAP KOマウスを観察することからスタートしており、現在では遺伝子(タンパク質)の機能を解析する上で、遺伝子改変動物はとても重要な解析ツールとなっている。そこでこれからはゼブラフィッシュを用いて神経ペプチドの遺伝子改変動物を作成し、その表現型を解析することで、PACAPを含めた神経ペプチドによる生体制御機構を明らかにしていきたいと考えている。

 

 最後に、今回のトピックは昭和大学医学部の塩田清二先生との共同研究で進めている研究テーマになります。末筆ながら、この研究を進めるために御協力頂きました先生方に感謝し御礼申し上げます。


 


(生物学科 中町 智哉)