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ハイマツの生態と枝の伸長

【生物圏環境科学科・極東地域研究センター】2014年3月

 富山県内には,様々な生態系が見られます。水深1,000mの富山湾から標高3,000mの立山連邦まで,高度差が生み出す多様な生態系です。このような生態系の垂直変化を,植生から見ていきましょう。富山平野の植生帯は,低山帯に属し,暖温帯性常緑広葉樹林帯に分類できます。これは潜在的な自然植生の分類であり,日本列島の西南部を中心に広く分布しているスダジイやタブノキといった常緑広葉樹が生育している立地は僅かであり,多くは人の手の入った落葉広葉樹二次林や植林地,竹林,農耕作地や市街地となっています。平野部を離れ,山岳地に入って,山を登っていきましょう。自然度の高い山地帯に入りました。ここでは,落葉広葉樹が優占しており,日本海側の多雪環境に適応した樹木であるブナが優占する林や,同じく多雪地域に見られる常緑針葉樹であるスギの変種,アシウスギが優占する林も立山では観察することができます。さらに斜面を頑張って登っていきましょう。亜高山帯に入ると,森林は落葉広葉樹林から常緑針葉樹林に変わります。やがてオオシラビソ等の高木の密度が疎らになり高さも低くなってきました。森林的な景観が終わり,植生の垂直構造が単純化した,丈が低くより開放的な植生帯に移り変わっていきます(写真1)。森林限界を越え,高山帯に入りました。そこは,地面を這いながら一面を濃緑の針葉で覆っているハイマツが優占する空間です(写真2)。ここでは,日本の高山帯で優占するハイマツの生態とその生活の一部を紹介したいと思います。


写真1.立山における森林限界移行帯の様子。高木種であるオオシラビソの樹高は二㍍程度であり,疎らに分布している。チシマザザの仲間(オクヤマザサ)やハイマツが優占して分布している。


写真2.立山の高山帯で優占するハイマツ。浄土山にある富山大学立山施設裏から剱岳に向けて撮影。斜面上部や稜線部はハイマツによって占められている立地が多い。


 ハイマツは,五葉松類の一種であり,五本で一束の針葉を枝に付けています。この葉は常緑であり,3〜5年ほどの寿命を持っています。ハイマツは,北東アジアの寒冷地植生を代表する種の一つであり,極東ロシアの海洋性亜寒帯地方や山岳地を中心に分布しています。本州中部の山脈に分布するハイマツは,その水平分布から見ると,世界分布の南端に相当します。ところで,ハイマツの松ぼっくりの中にある種(たね)をご覧になったことはありますか? 種子は比較的大きく,また低地に生えているアカマツやクロマツに見られる翼の部分がありません。ハイマツの種子は,風で散布されるのではなく,冬越しのために貯食行動を行うカラスの仲間の野鳥,ホシガラスによって散布されます。かつての寒冷な時代に北方から日本列島に侵入してきたハイマツの分布を広げたのは,ホシガラスたちだったかもしれません。
 ハイマツの学名は,Pinus pumilaです。小型のマツという意味の学名が示すとおり,ハイマツは丈を高くすることよりも,地面を這うような形で生きることを選択した木本植物です。地面を這うような枝を持つことは,日本の高山帯のような多雪環境では特に重要です。冬季にはしなやかな枝が雪に埋まり,折れることは稀です。雪中では厳しい冬季季節風に葉や枝が曝されることなく,冬を越すことができます。雪が解け,春が訪れると,積雪に押されていた枝はしなやかに元の形に戻り,その常緑の葉ですばやく光合成を行うことができます。森林を構成する樹木のように高くなることはないハイマツですが,その生産力は森林樹木に匹敵することが分かっています。高い生産力を支えている針葉は,水平方向に伸びた枝によって支えられています。枝を水平方向に伸ばし,空間を大量の針葉で埋めることは,ハイマツにとってとても重要であると言えましょう。
 ハイマツの枝が一夏にどのように伸長しているのか,時間を追って見ていきましょう。富山県東部に位置する中部山岳国立公園立山においては,早い場所では5月に,遅い場所では2ヶ月も遅れて7月に雪が解け,ハイマツの枝葉が現れます。2013年にハイマツの枝に標識を付け,同じ枝の長さを繰り返し計測してみました。この調査は,理学部生物圏環境科学科四年生の井上洋介君が行い,その結果の一部を図1に示しました。雪解けの早い場所では,ハイマツは5月22日に雪から開放され,先端の頂芽が約一週間後には14ミリから19ミリに達しました。消雪から65日目に相当する7月26日,5月1日から数えて87日目には,その長さは72ミリに達し,この年に伸びた長さの実に85%も伸びていることが分かりました。それ以降,枝の伸びはわずかな増加を示しましたが,これは先端に形成された頂芽の生長のためで,枝の伸長はほぼ完了しています。雪解けの遅い場所ではどうでしょうか。7月7日に雪から開放された枝は,70日後には21ミリから37ミリと急激に伸びていました。消雪から32日目にすぎない8月8日,5月7日から数えて100日目には,その長さは78ミリに達し,この年に伸びた長さの実に94%も伸びていました。雪解け日では46日もの差があったにもかかわらず,二つの枝はいずれも7月末までに伸長生長を9割近く完了させていました。なぜ同じ時期に伸長生長が完了するのでしょうか? 

図1.ハイマツの当年生長枝の伸長生長.頂芽の基部(芽鱗痕)から先端までの長さを毎回測定した(未発表データ).


 マツ属の植物は,日長によって枝の伸長あるいは葉原基形成を調節していることが知られており,アカマツでは短日が頂芽内部の葉原基形成を促すとともに,伸長生長を抑制することが知られている。アカマツと同属のハイマツもこのような生理機構を持っていれば,雪解けの早い場所でも遅い場所でも,伸長生長の完了時期がそろってくることはうなずけます。伸長生長をほぼ終えた枝は,最も気温が高くなる8月の日差しを浴び,その針葉で光合成を行います。光合成により生産された有機物は,肥大生長に使われ,また新たな(翌年開芽する)頂芽の形成や翌年の生長のための貯蔵に回されます。冬を迎える前の頂芽の中には,翌年に出現する枝や針葉の原基がすでに備わっています。8月下旬を過ぎると,気温は急激に低下していき,秋が早足でやってきます。高山帯の短い夏で生長を行うためには,前年に針葉や枝の原基をしっかり用意していくことが重要です。気温が最も高くなる8月にはすでに枝の伸びを終えているのは,翌年の生長のためだったのです。
 ハイマツの長枝の伸長量は,前年の夏の気温と正の相関を示すことが,いくつかの調査により明らかにされています。伸長生長を終えた後の気象条件が良いと,より大きな頂芽が形成されます。大きな頂芽の中には翌年の針葉や枝の原基があり,針葉の数も決定されているようです。伸長生長が前年の夏の気象による影響を受けるのは,このためだと考えられます。環境省は,2003年より,重要生態系監視地域モニタリング推進事業(通称モニタリングサイト1000)を展開しており,富山県の立山高山帯はこのモニタリングの観察対象地点となっています。そして,モニタリングサイト1000では,ハイマツのこのような性質を利用し,過去20年前から現在にかけての伸長生長量の変動を記録し,気候変動との関係を考察しています。気温の上昇は,ハイマツの伸長期間を長くする効果と,伸長終了後の期間も長くし,光合成量を増やす効果があるかもしれません。生産力の高いハイマツがさらに生長量を増加させると,ハイマツが占有する空間がさらに増え,ハイマツよりも丈の低い多くの高山植物の分布に,大きな影響を与える可能性があります。地球温暖化による影響を早期に検出するためにも,立山の他,極東ロシアの高山帯や亜寒帯に生育しているハイマツにも観察の目を向け,教育研究を進めていきたいと思っております。なお,本記事は,モニタリングサイト1000高山帯調査報告書の一部を改訂して執筆しました。


(和田直也 極東地域研究センター・生物圏環境科学科研究協力講座)