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溶液中のフォトニック構造:「走り屋」の世界へようこそ

【化学科】2020年3月

  フォトニクスという分野が脚光を浴びています。エレクトロニクスにおける電子と同じように、光子を自在に操り、各種光デバイスや光コンピュータを実現しようとするもので、そのメジャープレイヤーの一つが「フォトニック結晶」と呼ばれる構造です。これは微小な球や棒や穴が規則正しく並んだ結晶のような構造ですが、構成単位の繰り返しが通常の結晶より大きく、ちょうど可視光の波長程度 (~500 nm) であるため、光と非常に強く相互作用することが知られています。高校の物理で学ぶ Bragg 反射が、X線ではなく可視光の領域で起こるというわけです。盛んに研究が行われており、既に特殊な光ファイバーなどとして実用化されています。また、宝石のオパールがもつ魅惑的な輝きも、実は天然のフォトニック結晶によるものです。

 

  ところで、溶液中でも同様なフォトニック構造ができることをご存じでしょうか? しかも「ひとりでに」です! 例えば、特殊なプラスチックの微小球 (~120 nm) をいっぱい作り、それを水に混ぜるだけで、自発的な整列が起こって、ミルク色の溶液が、美しい虹色を放ち始めます。「結晶性コロイドアレイ (CCA) 」の誕生です(図1)。初めて見る人は、誰しも驚きます。しかもこの構造は固体とは異なり、もろくて、はかない。手で振ると消えてしまいます。が、そっと置いておくとみるみるうちにまた輝きが戻ります。

図1

 

  なぜこんなことが起こるのでしょうか。この現象自体はかなり古くから知られており、これまでの理論的・実験的な検証によれば、整列が起こるメカニズムは以下のとおりです。

  1. コロイドを形成する球の表面は、強い負の電荷を帯びている。
  2. その電荷が溶液中の対イオン(主として水素イオン)を強烈に引き寄せるので、球の周りにはふわふわした正電荷の雲が形成される。
  3. こうして形成された雲の正電荷に、他の球の表面が引き寄せられ、雲をはさんで少し離れた位置にふわっと静止する。こうして、イオン雲を仲立ちとする球同士の引力(「同符号間引力」)が成立する。
  4. 微妙なバランスのもとで、球たちが、3次元的に空間を埋めるように柔らかい格子を形成し、フォトニック現象が発動する。
この説明は基本的に正しいとされていますが、異論もあり、万人が納得する結論はまだ得られていないようです。つまり「面白いっ」ということです!

 

  さて、溶液化学的には、この現象の面白さは原理的な部分にとどまりません。例えば、フォトニック効果の一つに、外から打ち込んだ光の電場が干渉作用により異常に増強されるという作用があります。これをうまく利用すれば、最小限の入射エネルギーで最大限の光化学反応が実現できるかもしれません。また、溶液中のフォトニック格子がもろくてはかないということは、裏を返せば、固体と違ってフレキシブルで、われわれの要望に応じて自在にオン・オフや微調整が可能であるということを意味します。この性質は、医療や生体系デバイスへの応用で特に有用かもしれません。いずれにせよ、先へ進むためにはフォトニック効果の定量的かつ理論的な検討が必須となります。

 

  フォトニック構造を理論的に研究するためのツールは多々ありますが、代表的なものが「フォトニックバンド構造(分散関係)」と呼ばれるプロットです。バンド構造の2次元プロットは固体物理学や半導体エレクトロニクスでおなじみで、バンドギャップを見るのに便利なのでご存じの方も多いでしょう。一方、フォトニック関連で特に面白いのは、「等振動数ダイアグラム (Isofrequency Diagram) 」という、ちょっと聞き慣れないプロットです。やや専門的になりますが、これは、入射光の方角(波数ベクトル)を X, Y 軸平面に取り、高さ(Z軸)方向に光の振動数(つまりエネルギー)を取った3次元プロットです(図2)。

図2

 

  直感的には、山並み(尾根)と盆地、つまり「立山に囲まれた富山」のような地形をイメージしていただければ分かりやすいでしょう。地形の「等高線」とそれに垂直な「勾配」が重要です。この「勾配」が、フォトニック構造中を走ってゆく光の屈折・散乱方向を与えてくれるからです。

 

  等高線に注目してください。低いエネルギー(盆地のあたり)では、緩やかな楕円カーブを描いていますね。これは通常の光の屈折・散乱挙動を示しています。これに対して、高エネルギー(尾根)の「山道」では、場所によって形が変わり、「鋭角コーナー・急カーブ」だったり「直線状」だったりします。

 

  前者「鋭角コーナー攻め」では、ちょうど「走り屋」が山道の急カーブでエキサイトするように(笑)、光も異常な挙動を示すようになり、入射角がちょっと変わっただけで突如としてぐいっと曲がり出します。これを「超プリズム効果 (Superprism) 」と言います。一方、後者の直線上の場所では、光はあくまでもまっすぐ突っ走ろうとするため、例えばレーザービームは、本来あるべき優しい広がりを拒否して猪突猛進します。これが「超コリメーション効果 (Supercollimation) 」です。この例え、かえって分かりにくかったですかね?

  というわけで、溶液中のフォトニック構造を作り出し、実験データと理論を突き合わせることで、光の進むべき道と研究の進みべき道の両方が見えてくると期待しています。



【参考文献】

  • J. D. Joannopoulos, S. G. Johnson, J. N. Winn, and R. D. Meade, "Photonic Crystals: Molding the Flow of Light", 2nd ed., Princeton University Press (2008).
  • S. G. Johnson and J. D. Joannopoulos, Block-iterative frequency-domain methods for Maxwell's equations in a planewave basis, Optics Express 8, 173-190 (2001).


(化学科 鈴木 炎)