地球ダイナミクス講座


客員教授 竹内 章   Email: takeuchi @ sci.u-toyama.ac.jp

専門分野

構造地質学・テクトニクス

メッセージ

  未来に向かって『過去と現在をつなぐ』。これが私たちの仕事=ネオテクトニクスです。自然界の「時代を動かす力」「変化を生む力」を探して、日本列島や日本海、地球各地の地殻変動と環境を調べてみませんか。


最近の研究から


「深海底を探る? 富山湾と日本海東縁」

図1 晴れた日に、氷見の海岸から富山湾の上にそびえる立山連峰は、誰もが我を忘れるほど荘厳な景観です。そして君ならきっと、深海湾と急峻な山岳がなぜこれほど間近に迫る位置関係になっているのか疑問を抱くに違いありません。しかも、誰もが納得できる答えはまだ得られていません。
 富山湾は、日本海に突き出た能登半島と標高3000m級の日本アルプス(飛騨山脈)の間にあり、相模湾・駿河湾とともに日本列島の地形を特徴づける日本3深海湾のひとつです。1983年には、他の海域に先駆けて富山湾で有人潜水艇「しんかい2000」の調査潜航が行われました。以来、富山湾とその周辺海域は、今年で合計35回の潜航が行われ、日本海で密に潜航調査が行われている海域のひとつです。
 海底地形図をじっくりみて下さい。富山湾から青森県はるか沖までの深海底に大山脈や大峡谷が立体的に見えますね。富山湾は、海岸から沖に向かって急に深くなり、水深約1100mの平坦な海底になります。湾の底には海底谷があり、ここを源流部として富山湾口から本州島(佐渡海嶺)の陸棚斜面と大和海盆との境界をなぞるように日本海盆に向かって延長1000kmも流れ下っています。この海底谷は富山深海長谷と呼ばれ、日本海盆に達する場所では巨大な深海扇状地をつくっています。途中、大和海盆にいたる細長い低地帯の部分は富山トラフと呼ばれます。トラフとは笹舟の底のような溝状の盆地のことで、富山深海長谷は富山トラフで著しい下刻と蛇行を繰り返しています。
 さて、富山トラフの底になぜ海底峡谷ができたのでしょうか。
 富山深海長谷はかつて陸上にあった蛇行河川が沈降したもの、などという考えもありましたが、海にも表層海流の蛇行や海底地形の蛇行などが知られています。海底峡谷の蛇行は、侵食や地殻変動で下流側の河床が低くなればすぐにできるのです。珠洲沖の富山トラフよりも大和海盆がより大きく沈降すれば相対的に富山トラフが隆起することになり、うまく説明できます。一方、3深海湾の残りの2つは太平洋側にありますが、両者のある相模トラフと駿河トラフは伊豆半島という日本でいちばん激しく隆起している場所の両側にあります。富山トラフも北アルプスやフォッサマグナに隣接しています。日本の屋根と呼ばれる中部山岳地帯の東側は、新第三紀東西日本の境界とされる低地帯のフォッサマグナで、その西縁が大断層の糸魚川−静岡構造線です。この構造線を北に延長したところに富山トラフがあるのです。結局、これら3つのトラフができたのは日本列島中央(内陸)部の隆起と海側での沈降が同時進行していることが原因です。太平洋側の相模・駿河トラフでは伊豆小笠原海溝(房総沖海溝三重点)と南海トラフの沈降、つまり巨大地震を伴うプレートの沈み込み運動と、伊豆半島の衝突が原因です。同じことは富山トラフについても言えるのではないか。つまり、日本海東縁に沿って南北に並ぶ大地震は、ここでのプレート沈み込みを示し、中部山岳(北信越?飛騨)の高原状隆起は東西日本の衝突が原因とみられます。
 立山連峰と富山湾で特徴づけられる富山の地形は、数十万年前に始まった若い造地形運動が活発に進行中であることを示しています。
 最近はGPSという20数個の人工衛星を用いて日本列島の地殻変動が精密に監視観測できるようになり、日本海沿岸地域から北陸・近畿にかけて、帯状にひずみが集中している状況が見えてきました。 日本海側の活断層は、現在、逆断層運動をしていますが、かつて日本海が拡大し日本列島の骨組みができたときには正断層として活動した経歴があります。およそ2千万年前頃、日本海側各地で日本列島に平行な細長い凹地(地溝)をつくる正断層運動と沈降運動があったのです。それが約5百万年前の鮮新世になると、運動の向きが逆転して逆断層運動と隆起運動になり、日本海から盛り上がった日本列島(本州島や北海道島など)の地形ができてきたのです。
 日本列島には、糸魚川−静岡線や敦賀湾−伊勢湾、直江津(柏崎)−銚子線や男鹿−牡鹿線など、弧状列島を斜めに横切るような構造線があります。そのなかで糸魚川?静岡線(富山トラフ)は最大です。それによって東北日本側から切り離された部分が富山湾になっている、つまり、今日の富山湾は、かつて(日本海拡大時)の地溝のひとつが埋め残されたものと見ることができます。

 こうした富山湾の生い立ちを考えながら、深海底に思いを馳せて富山湾の味を堪能してみませんか。

日本の地形(富山湾)を形成した地殻運動: 日本海東縁部との親戚関係

 氷河時代の本州日本海側では地層(第四紀層)の堆積とともに海岸平野が発達しました。北陸では福井平野・金沢平野、富山湾に面する富山平野・砺波平野などがあります。低地を取り巻いて、中新世の火山岩類や先新第三紀の花崗岩や変成岩類などが山地や丘陵となり、平野と丘陵や山地との境界は活断層となっています。
 富山湾の深海部も、断層崖とみられる直線的な急斜面で縁取られており、なかでも北東−南西方向の急崖は、富山平野側では親不知断層、能登半島側では邑知地溝帯南縁を画する石動山断層の北東延長にあたります。富山平野側では扇状地が沖合いにせり出しているため、こうした断層地形が覆い隠されています。京都大学防災研究所の微小地震観測網のデータでも、富山湾底に北東?南西方向で平行する狭長な帯状地震分布が知られていることから、富山湾の海底にも活断層が存在する可能性があります。
 日本海溝や南海トラフでは、海底活断層に沿って冷湧水帯があり、バクテリアやシロウリガイ群集などの深海化学合成生態系が知られています。同じように日本海でも、北海道南西沖や後志海山などで海底のメタンを含んだ湧水帯やが発見されていますが、シロウリガイ群集はみつかったことがありません。しかし、それ以前の新第三紀中新世前期(約千六百万年前頃)には日本海側にもシロウリガイがいたことは貝化石の研究から明らかです。当時の日本海沿岸一帯(現在の石油・天然ガス産出地帯)では中新世前期から深海底になり7000m近い地層が堆積しました。
 飛騨山脈や赤石山脈の隆起は鮮新世(約五百万年前)から始まりました。山地が生長するときには、同時に侵食による砕屑物(砂利)の生産と運搬を促します。糸魚川?静岡構造線北部(長野県側)では古飛騨山地から今の黒部扇状地のような礫(れき)が大量に堆積し、北部フォッサマグナ地域は次第に埋め立てられました。富山トラフやフォッサマグナはもともとから津軽海峡のような低地帯の一部だったのです。日本海から盛り上がった日本列島(本州島や北海道島など)の地形ができてきたのです。このときに閉じこめられた底層水が日本海固有水の起源と考えられます。
 約三百万年前以降になると、日本海東縁部とフォッサマグナ地域はハッキリと、サハリンから続く一連の断層褶曲地帯となり、最近も酒田沖地震・善光寺地震・積丹沖地震・新潟地震・日本海中部地震・北海道南西沖地震などの大地震が発生しています。そして、津波を起こすような海底大地震では、海底下の天然ガス(メタンハイドレート)が巨大な海底地すべりや斜面崩壊を起こしている可能性も見いだされています。
 このように考えると、北海道南西沖の日本海盆や後志海盆などと同じように、富山湾でも活断層に沿ってメタンガスを含んだ湧水帯があり、そこには化学合成による生物群集が海底生態系を作っている可能性があります。1999年の広島大学豊潮丸による海底調査実習でチューブワームに似た管棲性の環形動物のヒゲムシ・ユムシやゴカイなどが採集されたことを契機に、海洋科学技術センターの潜水船「しんかい2000」で深海底の活断層と化学合成生態系を探す調査が始まりました。所属する大学・機関や学問分野の違いをこえた学際的で総合的な調査です。